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	<title>筒井 哲郎 | 原子力市民委員会 Citizens' Commission on Nuclear Energy</title>
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	<description>脱原発社会へ向けて、イベント、国への提言や声明など、様々な活動をしています</description>
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		<title>コラム：事故の教訓と被災者へのいたわりとは　―福島に新設される「伝承館」について―</title>
		<link>https://www.ccnejapan.com/column/16482/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[筒井 哲郎]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 27 May 2020 07:26:19 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://blog.ccnejapan.com/?p=1032</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2020/05/3ca3a6f43738ad1af2ae73497847a302.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>※サムネイル画像の出典：東日本大震災・原子力災害アーカイブ拠点施設資料映像【本編】 　　https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/archive-video.html 福島 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2020/05/3ca3a6f43738ad1af2ae73497847a302.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p><span style="font-size: 90%">※サムネイル画像の出典：東日本大震災・原子力災害アーカイブ拠点施設資料映像【本編】<br />
　　<a href="https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/archive-video.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank">https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/archive-video.html</a></span></p>
<h3>福島県の災害アーカイブ施設</h3>
<p>2020年3月に入ってから、不通区間であった常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅の3駅と周辺の避難指示が順次解除され、14日に常磐線が全線再開した。双葉町には福島県が「東日本大震災・原子力災害伝承館」（伝承館）の建設を進めており、2020年7月にオープンする予定である。現在知られている福島県内での震災・原発災害を伝承する施設（アーカイブ施設，メモリアル博物館）は下図のようなものがある。</p>
<p style="text-align: center"><a href="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2020/05/afb9bcae7abb1ef7cb1f9b5910a80b1f.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-large wp-image-1023" src="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2020/05/afb9bcae7abb1ef7cb1f9b5910a80b1f-1024x776.png" alt="" width="1024" height="776" /></a><br />
<span style="font-size: 90%">図１．震災・原発事故の教訓を伝える施設（例）<br />
出典：後藤忍「原発事故の教訓をどう伝えるか」<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#a"><u>※1</u></a></span><br />
<a href="http://www.foejapan.org/energy/fukushima/pdf/200311_goto.pdf" target="_blank" rel="noopener noreferrer">http://www.foejapan.org/energy/fukushima/pdf/200311_goto.pdf</a></span></p>
<p>このうち、先行する三春町の<strong>「コミュタン福島」</strong>は、福島県が開設した福島県環境創造センターの三春施設を構成する建物の一つである。震災と原発事故の発生当時の様子や経過、放射線の科学的知識、環境の回復、創造の歩みなどを学べるようになっている。原発事故の悲惨さよりは、環境回復や復興への歩みに重点を置いた展示で、最新の映像技術等を用いて子どもたちが楽しめる展示の工夫やメッセージの発信が行われている。福島第一原発事故に関するアーカイブ施設に求められるような、真摯な反省に基づく情報、例えば、原発事故前に福島県が原発を推進してきた経緯、放射性物質の汚染の実態や震災（原発事故）関連死の状況、SPEEDI情報の未活用など原発事故への対応における福島県の問題点や教訓、放射線被ばくによる健康影響や防護のために必要な安定ヨウ素剤に関する説明、被ばくの問題を人権問題として捉える上で必要となる「放射線管理区域」などの基準の説明、チェルノブイリ原発事故での被害やドイツでの脱原発を目指す動きといった外国の状況、などの情報については、きわめて希薄である<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#b"><u>※2</u></a></span>。その特徴は、チェルノブイリ原発事故に関するウクライナ国立チェルノブイリ博物館の展示内容と比べても明らかに異なっている<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#c"><u>※3</u></a></span>。</p>
<h3>「東日本大震災・原子力災害伝承館」では何が「伝承」されるのか</h3>
<p>双葉町に建設中の<strong>「東日本大震災・原子力災害伝承館」</strong>の名称は2019年9月に正式決定した。それまでの仮称は「東日本大震災・原子力災害アーカイブ拠点施設」<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#d"><u>※4</u></a></span>であり、福島県はその開所に向けた広報のための資料映像（16分21秒）を2019年3月にインターネット上に公開した<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#e"><u>※5</u></a></span>。<br />
筆者は、アーカイブ拠点施設の資料映像の内容について、映像中に紹介される「アーカイブ拠点施設は、福島の教訓、挑戦を伝えていきます」の文言を踏まえて、「教訓」（災害の記憶・記録）と「挑戦」（復旧・復興のための取り組み）に分類した場合に、どのような時間量の割合で構成されているかを検証した結果をまとめた<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#f"><u>※6</u></a></span>（図２）。</p>
<p style="text-align: center"><a href="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2020/05/4556c190f6768faec07ba3bd2bd7e248.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-large wp-image-1025" src="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2020/05/4556c190f6768faec07ba3bd2bd7e248-1024x779.png" alt="" width="1024" height="779" /></a><br />
<span style="font-size: 90%">図２．アーカイブ資料映像の中の「教訓」と「挑戦」の割合<br />
出典：後藤忍「原発事故の教訓をどう伝えるか」<br />
<a href="http://www.foejapan.org/energy/fukushima/pdf/200311_goto.pdf" target="_blank" rel="noopener noreferrer">http://www.foejapan.org/energy/fukushima/pdf/200311_goto.pdf</a></span></p>
<p>筆者の分析では、「教訓」が21％、「挑戦」が41％、「教訓と挑戦」が38％となり、「挑戦」は「教訓」の約2倍であった。つまり、アーカイブする内容は、「教訓」よりも「挑戦」に重点が置かれていることを明らかにし、「教訓」の継承における問題点を指摘した。<br />
また、筆者はこの講演資料の中で、「過去から学ぶことができない者は、それを繰り返す運命にある」という哲学者ジョージ・サンタヤーナの言葉を引用した。過去の教訓と真摯に向き合うことは、福島県の再生や復興に取り組む上で「礎」（いしずえ）となるものであり、それなくして真の意味での再生や復興は望めないと筆者は考える。<br />
一方、2020年4月には、「東日本大震災・原子力災害伝承館」の館長に、長崎大学の高村昇氏が就任したことが報道された<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#g"><u>※7</u></a></span>。就任にあたっての高村氏のあいさつ文には、「反省」、「教訓」といった言葉は見当たらない<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#h"><u>※8</u></a></span>。と同時に、「福島県の皆様が復興に向き合ってきた」と、福島県民が向き合ってきたのは「災害」ではなく「復興」と表現し、「伝承館は（中略）「福島イノベーション・コースト構想」の一翼を担っていきたい」と述べるなど、「復興」における位置づけを強調している。<br />
このような高村氏の人事について、筆者はいくつか疑問がある。第一に、高村氏は博物館学やアーカイブ関連の専門家ではないことである。第二に、高村氏は、内容に大きな批判がある復興庁「放射線のホント」<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#i"><u>※9</u></a></span>や文部科学省「放射線副読本」（2018年版）<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#j"><u>※10</u></a></span>の協力者の一人であり、被ばくによる健康影響に関する楽観的見方の立場をとっている人物で、メモリアル博物館に求められる反省的考察を重視する姿勢に欠ける点である。第三に、福島県外在住の非常勤でありながら、任期は5年と比較的長く、他のメモリアル博物館と比べても異例な点である。既存のメモリアル博物館では、人と防災未来センターの河田惠昭センター長のように、地元の人物とは限らない専門家が館長に就任する例もあるが、広島平和記念資料館、長崎原爆資料館、水俣病資料館、東日本大震災津波伝承館などでは基本的に地元の人物が館長に就任している。<br />
このように、不都合な真実から目を背け、真摯な反省的考察をおこなわず、教訓を礎とせずに描く復興は、地に足のついていない空虚なものになるのではないだろうか。</p>
<h3>「教訓」と「挑戦」の意味するもの</h3>
<p>図２右上の映像部分を拡大すると図３になる。この画像は、資料映像の中ほどに現れる。</p>
<p style="text-align: center"><a href="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2020/05/3ca3a6f43738ad1af2ae73497847a302.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-1026" src="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2020/05/3ca3a6f43738ad1af2ae73497847a302.png" alt="" width="640" height="358" /></a><br />
<span style="font-size: 90%">図３．アーカイブ拠点施設の目的を示す画面<br />
出典：東日本大震災・原子力災害アーカイブ拠点施設資料映像【本編】<br />
<a href="https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/archive-video.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank">https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/archive-video.html</a></span></p>
<p>記されているキャプションにおける「教訓」と「挑戦」という言葉は、品質管理の「PDCAサイクル」に似た業界用語で、元は英語から来た言葉である。<br />
どの会社でも同種の業務を繰り返して熟練の度合いを高めていく必要がある。ひとつの仕事を終えるたびに、学んだ「教訓」（Lessons learned）と次回「挑戦」（Challenge）すべき事項を当事者たるチームメンバーたちが確認し合い、それを書き記して品質保証ファイルに蓄積していく。当然、この反省と次回に着手する業務の目標設定は、その仕事を行ったメンバーたちが、自発的に「学んだ教訓」を記録し、次の業務に際して自らに課す目標を「挑戦課題」として掲げる。<br />
「教訓」（Lessons learned）には、学ぶ主体の人格がなければ意味をなさない。当然学んだことを記述し、その記述の信頼性を保証するトレーサビリティ（Traceability）が備わっていなければ意味をなさない。つまり、仕事の方針を決定した責任者が、自ら欠点の内容を記述して署名しなければならない。この双葉町における「ふるさと喪失」の原因は、もちろん福島第一原発の過酷事故である。その事故を発生したことに責任を負う人びとが記述し署名した文書を提出して初めて「教訓」（Lessons learned）の記録が完成し、Traceabilityが備えられる。それができる人は、原発を建設し運転していた組織の経営者、すなわち東電の勝俣氏、武黒氏、武藤氏らであろう。この映像の中では地元の人びとが災害を語っているが、それが「教訓」（Lessons learned）と呼ばれるものではあり得ない。そして責任者は隠されている。<br />
「挑戦」にも今後課題を実現する主体の人格がなければならない。この映像に登場する原発被災者の方がたは、原発災害によって避難した16万人のひとりとして苦労された方がたであり、最近避難先から地元へ帰って来てなんとかここで生きていこうと決心されたばかりと見受けられる。一方、地元再建の政策決定を行った主体は一人も現れない。つまり、「なぜこの政策か？」という質問をこの方たちに投げかけることはできない。さらに住民の意見を聞いて新しい政策決定がなされた形跡も見当たらない。「コミュタン福島」の展示映像では、西田敏行が美しいふるさとを宣伝している。そこでは映像制作者の宣伝意図が明らかである。3月に公開された映画『Fukushima 50』には、俳優の演技によってある種の宣伝意図が表現されている（<a href="http://blog.ccnejapan.com/?p=909" target="_blank" rel="noopener noreferrer">筆者3/12付ブログ記事</a>）。しかし、「伝承館」での映像は、被災当事者が「教訓」と「挑戦」を語り掛けているという意味で、その人格主体との関係を読み取ることができない。<br />
そもそも、この映像は誰に向かって何を語り掛けようとしているのだろうか。地元の人々に対してであろうか？　他の地域からの訪問者であろうか？　「地元の人びとが原発災害から学んで『教訓』を得た」と製作者の行政当局（福島県庁。予算は政府の復興財源）が勝手に主張しているのであれば、それは僭越である。さらに地元の被災者が、状況に合わせて立ち上がる「挑戦」の目標を語っているとしても、それを行政当局が喧伝してよいものであろうか？　被害者に頑張ることを呼び掛ける「一億総懺悔」の構造になっているのではないか？　真の責任者は陰に隠れることによって、責任の明示と反省を逃れようとしているのではないか。</p>
<h3>チェルノブイリの記念館とドイツの迫害記念館に見られる失敗の記憶と哀悼</h3>
<p>チェルノブイリの原発事故を記念する博物館の内部は文字通り事故の悲劇を展示し、今そこで葬式を行っている教会内部のようなつくりになっている。2階の展示室には、天使ミカエルの画像の壁面もあり、300人はいるかと思われる被ばくした子供たちの写真がびっしり並んでいる<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#k"><u>※11</u></a></span>。<br />
ドイツの諸都市では、ユダヤ人迫害を記念して、その頃の蛮行を示す写真や新聞を壁一面に展示している。<br />
チェルノブイリでもドイツでも、人々が自らの失敗や罪を忘れないように記念館を建てて、80年以上経った今も自らの罪を思って悔い改め、犠牲者に哀悼の意を表している。それに引き換え、日本では原発事故によって少なからぬ関連死の犠牲者がいるにもかかわらず、哀悼の場所もなく、失敗を反省して悔い改める手続きを省いて、バラ色の未来を期待することに集中している。事故は単なる天災のはずみに過ぎず、人間は行為を改める必要は一つもないかのようだ。<br />
福島県内の震災関連死は2,304人に達した 。沈思し哀悼する場所を備えるのがアーカイブ施設の役割ではないか。「復興」「挑戦（Challenge）」といった活動は、目の前の事実を見てそれぞれの人が判断すればよいことだ。</p>
<p style="text-align: right"><strong>〔Author：後藤 忍、筒井 哲郎〕</strong></p>
<hr />
<div style="line-height: 15px;margin-left: 2em;text-indent: -2em"><span style="font-size: 80%"><a name="a"></a>※1.　後藤忍、「原発事故の教訓をどう伝えるか～放射線副読本とメモリアル博物館～」、p.8。講演は東京と福島で2020年3月11日、14日、15日に開催される予定だったが、新型コロナウイルス対応で中止となった。講演資料は主催団体の国際環境NGO FoE Japanのウェブに掲載されている。<a href="https://www.foejapan.org/energy/fukushima/pdf/200311_goto.pdf" rel="noopener noreferrer" target="_blank">https://www.foejapan.org/energy/fukushima/pdf/200311_goto.pdf</a></span></div>
<div style="line-height: 15px;margin-left: 2em;text-indent: -2em"><span style="font-size: 80%"><a name="b"></a>※2.　後藤忍，2017，「福島県環境創造センター交流棟の展示説明文の内容分析」，『福島大学地域創造』，28(2)，27-41.</span></div>
<div style="line-height: 15px;margin-left: 2em;text-indent: -2em"><span style="font-size: 80%"><a name="c"></a>※3.　後藤忍，2018，「チェルノブイリ博物館とコミュタン福島の展示を比較して」，フクシマ・アクション・プロジェクト『「コミュタン福島」は3.11以降の福島をどう伝えているか』，フクシマ・アクション・プロジェクト事務局，福島，7-68.</span></div>
<div style="line-height: 15px;margin-left: 2em;text-indent: -2em"><span style="font-size: 80%"><a name="d"></a>※4.　「東日本大震災・原子力災害アーカイブ拠点施設の名称及び展示概要（案）について」<a href="https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/345658.pdf" rel="noopener noreferrer" target="_blank">https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/345658.pdf</a></span></div>
<div style="line-height: 15px;margin-left: 2em;text-indent: -2em"><span style="font-size: 80%"><a name="e"></a>※5.　「東日本大震災・原子力災害アーカイブ拠点施設資料映像【本編】」<a href="https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/archive-video.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank">https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/archive-video.html</a></span></div>
<div style="line-height: 15px;margin-left: 2em;text-indent: -2em"><span style="font-size: 80%"><a name="f"></a>※6.　後藤忍、前掲講演資料、p.10</span></div>
<div style="line-height: 15px;margin-left: 2em;text-indent: -2em"><span style="font-size: 80%"><a name="g"></a>※7.　「東日本大震災・原子力災害伝承館　初代館長に高村氏」<a href="https://this.kiji.is/617908575326192737?c=174761113988793844" rel="noopener noreferrer" target="_blank">https://this.kiji.is/617908575326192737?c=174761113988793844</a></span></div>
<div style="line-height: 15px;margin-left: 2em;text-indent: -2em"><span style="font-size: 80%"><a name="h"></a>※8.　「東日本大震災・原子力災害伝承館　館長ごあいさつ」<a href="https://www.fipo.or.jp/news/7757" rel="noopener noreferrer" target="_blank">https://www.fipo.or.jp/news/7757</a></span></div>
<div style="line-height: 15px;margin-left: 2em;text-indent: -2em"><span style="font-size: 80%"><a name="i"></a>※9.　復興庁「放射線のホント」に対する批判の例として、例えばLevel7のウェブサイト（<a href="https://level7online.jp/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">https://level7online.jp/</a>）における「ファクトチェック」の「復興庁の「放射線のホント」を検証する①」がある。</span></div>
<div style="line-height: 15px;margin-left: 2em;text-indent: -2em"><span style="font-size: 80%"><a name="j"></a>※10.　文部科学省「放射線副読本」（2018年版）に対する批判の例として、例えば次のものがある。後藤忍，2019，「紙面が“除染”された「放射線副読本」－削除された「汚染」「子どもの被ばく感受性」「LNTモデル」－」，『科学』，89(6)：521-537.</span></div>
<div style="line-height: 15px;margin-left: 2em;text-indent: -2em"><span style="font-size: 80%"><a name="k"></a>※11.　東浩紀(編)『チェルノブイリ ダークツーリズムガイド』genron、2013年</span></div><p>The post <a href="https://www.ccnejapan.com/column/16482/">コラム：事故の教訓と被災者へのいたわりとは　―福島に新設される「伝承館」について―</a> first appeared on <a href="https://www.ccnejapan.com">原子力市民委員会 Citizens' Commission on Nuclear Energy</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>コラム：映画『Fukushima 50』と『チェルノブイリ』</title>
		<link>https://www.ccnejapan.com/column/16469/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[筒井 哲郎]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 12 Mar 2020 06:52:08 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[チェルノブイリ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://blog.ccnejapan.com/?p=909</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2016/06/160627_1_1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>3月1日（土）に、パソコン上で5時間の大作『チェルノブイリ』を、3月9日（月）に映画館で『Fukushima 50』を見た。前者は1986年の事故から34年もの歳月が経過しており、後者は9年経過したのみという違いがある。 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://www.ccnejapan.com/column/16469/">コラム：映画『Fukushima 50』と『チェルノブイリ』</a> first appeared on <a href="https://www.ccnejapan.com">原子力市民委員会 Citizens' Commission on Nuclear Energy</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2016/06/160627_1_1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>3月1日（土）に、パソコン上で5時間の大作『<a href="https://www.star-ch.jp/drama/chernobyl/sid=1/p=t/?utm_source=yahoo&amp;utm_medium=cpc&amp;utm_campaign=chernobyl&amp;yclid=YSS.1001031301.EAIaIQobChMI8vSMy_uT6AIVQ3ZgCh1_lwpYEAAYASAAEgIRffD_BwE#" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>チェルノブイリ</strong></a>』を、3月9日（月）に映画館で『<a href="https://www.fukushima50.jp/" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>Fukushima 50</strong></a>』を見た。前者は1986年の事故から34年もの歳月が経過しており、後者は9年経過したのみという違いがある。また、それぞれの映画製作における国柄の違いもあるように思われるが、テイストがずいぶん違う。以下に率直な感想を記してみたい。</p>
<p style="text-align: center">＊＊＊＊＊</p>
<p><span class="markerBlue"><strong>１．重点の相異</strong></span><br />
『チェルノブイリ』は、事故の事実経過を客観的に描こうという姿勢が強い。対して『Fukushima 50』は、吉田所長以下の現場作業員たちを英雄として称揚することに力が傾き過ぎていて、他の関係者を必要以上に貶めていると思う。そのことが下記のいくつかの逸脱を生んでいる。そして映画全体の品位を損なっている。</p>
<p style="padding-left:2em"><strong>（１）菅首相の言動が正確ではない</strong><br />
このことはすでに、菅首相の秘書を務めていた中川右介氏が指摘しておられるので、そちらをご覧いただきたい（「<a href="https://gendai.ismedia.jp/articles/-/70707" rel="noopener noreferrer" target="_blank">映画『Fukushima 50』はなぜこんな「事実の加工」をしたのか？ ── 観客をミスリードする作り</a>」）。また、「<a href="https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020030900012.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank">元首相は映画『Fukushima 50』をどう見たか　菅直人インタビュー</a>」という記事も出ている。この映画は、東電テレビ会議にかなり依拠しているようだが、その映像を文書化した『東電テレビ会議49時間の記録』（宮崎・木村、岩波書店、2013年）には菅首相の言葉は載っていない（つまり、新聞各社に開示されたテレビ映像はその部分を削除されていた）。東電は今からでも、開示すべきである。</p>
<p style="padding-left:2em"><strong>（２）現場運転員たちを持ち上げるためにほかの人々を貶めている</strong><br />
東電本店の人々も貶められている印象で、「それほど酷くもないだろう」と思った。意図はどうあれ、この事故は周りの人が悪いから悲劇的に展開していったのではなくて、原発の本質がこういうものなのだ、という基本的認識が希薄なのではないか。その意味で、『チェルノブイリ』ではレガソフを中心に据えて、最後は事故原因究明に焦点を当てていったので、大人の説得力を持っている。</p>
<p style="padding-left:2em"><strong>（３）自衛隊もヒーローに含めている</strong><br />
3月14日晩に、吉田所長が協力会社社員に引き上げを勧めた際、自衛隊員の一隊（5人ほど？）が「われわれは残ります」と申し出ている。この事は筆者には初耳で、事実に基づいているのかフィクションなのかわからない。ただ、双葉病院から237人と医療スタッフが避難した際に、自衛隊員が途中でエスコートを止めて患者さんたちを置き去りにして避難した基準とは合致しない<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#a"><u>※1</u></a></span>。また、自衛隊員が水補給の支援に来たときに、東電社員にオフサイトセンターまで迎えに来てアテンドせよと言った態度とも結びつかないので、疑問に思った<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#b"><u>※2</u></a></span>。地元消防士が現場へ応援に入り、奮闘・消耗した話が最近、<a href="https://www.iwanami.co.jp/book/b492586.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank">吉田千亜『孤塁』</a>（岩波書店、2020年）で紹介されているが、外部支援チームを紹介するなら地元の公務員たちも紹介されたら良いのにと思った（ただし、消防隊がこのタイミングだったという訳ではない）。</p>
<p style="padding-left:2em"><strong>（４）「トモダチ作戦」の実相は描かれず</strong><br />
米軍横田基地のヘリコプター部隊が「トモダチ作戦」として避難所に飲料水ペットボトルを運び込むシーンがあったが、それはマイナーな話で、横須賀基地所属の海軍艦船がサイト沖に出動して重い被ばくを受けた問題を入れないのは片手落ちと思った。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span class="markerBlue"><strong>２．技術者とのテイストの違い</strong></span><br />
筆者は技術屋であり、映画を製作している業界の人々とはテイストが違うのは当たり前であろう。しかし描かれているのはプラントで働いている技術者たちであるので、野暮を承知で感想を述べる。</p>
<p style="padding-left:2em"><strong>（１）技術者の人間像</strong><br />
役者のみなさんは実によく熱演していると思う。しかし、筆者を含めた普通の技術者たちはこれほど言葉がスムーズに出てこない。ブッキラボウだし、自分の言いたいこともなかなか言葉にならない。実際、上記の『東電テレビ会議49時間の記録』の記録を読んでいると、吉田所長と部下との間の会話がスムーズにいかなくて、「そんな大事なことはもっと早く言えよ」とか「そんなことをいちいちオレに聞くな」とか吉田所長が小言を言ったり、言葉がはっきりしなくて同じことを何度も聞き直したりというシーンがある。これを映画で見ると、役者さんたちが熱演して本当らしく演じれば演じるほど、予め事故のシナリオが分かっていたかのようにスムーズな言葉遣いや身のこなしに見えてしまう。この点については、『チェルノブイリ』の方が技術者たちや消防士たちが相互にスムーズな会話が成立していない状況が伝わっていて、本当らしく見えた。</p>
<p style="padding-left:2em"><strong>（２）メロドラマの混入</strong><br />
ユニット長が「もう終わりか」と覚悟するシーンで、娘との間に結婚相手について確執があったのを急転直下解消してしまうメールを送り、それをまた後日避難所で確認して感激の再会をするという物語が入っている。それが実話かどうかは知らないが、出来過ぎの感がある。『チェルノブイリ』でも若い夫婦の悲劇が入っていて、消防士の夫がモスクワの集中治療室でじょじょに被ばく症状が悪化して死んでいく過程を、妻が毎日訪ねて見守っているシーンがあるが、乾いた感情で悲劇に迫っており、気持ちが一貫してドラマの本質に集中できる。突然、ホームドラマの父と娘の愛情物語が挿入されて、気持ちの混乱を来した。</p>
<p style="padding-left:2em"><strong>（３）映画のパースペクティブ</strong><br />
『Fukushima 50』は、思いがけない現象が所々に発生して運転員たちがショックを受け、心を痛めるシーンがしばしば描かれている。しかし、それらの問題についての原因の解説（もしくは未解決であることの説明）がない。たとえば、2号機の格納容器圧力が突然ゼロになったことは、この一連の運転員たちの命を懸けた居残りと大部分の退避というドラマ（政府も巻き込んだ）だが、それがどういうことであったか（未解明）という説明がない。<br />
他方、『チェルノブイリ』の後半は、事故解明と責任の追及を克明に描き、ソヴィエト連邦という大きな体制の崩壊が示唆されるレベルまでを追及している。主人公のレガソフに、体制の優位を喧伝し、自らをもだましてしまうシステムがこの事故を起こしたのだ、と語らせている。その意味で、大人の歴史検証にも言及する内容になっている。『Fukushima 50』は、熱がこもり過ぎた「人間ドラマ」といえようか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span class="markerBlue"><strong>３．ヒーロー物語から客観的視点へ</strong></span><br />
　どんな映画を作ろうと余計なお世話、野暮なおせっかいであろう。願わくは多くの方々がご覧になって、原発の本質が「命がけのヒーローが必要なシステムだ」ということをこの映画で理解されることを祈りたい。特攻隊を必要とし、英雄を生み出す設備は人道上あってはいけない。その意味で、上に述べた野暮な言葉は忘れてもらっても構わない。<br />
民生用のユーティリティを産出する産業システムにおいて、命を懸けるに値する設備は、この世に一つもない。現在、各所の原発で1基あたり2000億円ほどの費用をかけてつぎはぎを当てているが、いくらつぎはぎしても事故の起こらない技術プラントができるわけではない。<br />
&nbsp;</p>
<hr />
<div style="line-height: 15px;margin-left: 3em;text-indent: -3em"><span style="font-size: 80%"><a name="a"></a>※1.海渡雄一『東電刑事裁判で明らかになったこと』彩流社、2018年,pp.13-14、拙著『原発フェイドアウト』緑風出版、2019年,pp.204-208</span></div>
<div style="line-height: 15px;margin-left: 3em;text-indent: -3em"><span style="font-size: 80%"><a name="b"></a>※2.宮崎・木村『東電テレビ会議49時間の記録』岩波書店、2013年,pp.98-100</span></div>
<p>&nbsp;</p><p>The post <a href="https://www.ccnejapan.com/column/16469/">コラム：映画『Fukushima 50』と『チェルノブイリ』</a> first appeared on <a href="https://www.ccnejapan.com">原子力市民委員会 Citizens' Commission on Nuclear Energy</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>コラム：廃炉のための人材育成はいらない〔筒井哲郎〕</title>
		<link>https://www.ccnejapan.com/column/16462/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[筒井 哲郎]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 12 Mar 2018 09:06:13 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[廃炉]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://blog.ccnejapan.com/?p=658</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2018/03/hairo.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>　廃炉作業の需要が今後徐々に増えてくる。原子力を推進してきた官民の団体は、廃炉のために「人材育成」が必要だと強調している。たとえば、原子力委員会が昨年7月にまとめた「原子力利用に関する基本的考え方」の「廃止措置及び放射性 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2018/03/hairo.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>　廃炉作業の需要が今後徐々に増えてくる。原子力を推進してきた官民の団体は、廃炉のために「人材育成」が必要だと強調している。たとえば、原子力委員会が昨年7月にまとめた「原子力利用に関する基本的考え方」の「廃止措置及び放射性廃棄物への対応」という項目では、「廃止措置は長期にわたることから、技術及びノウハウの円滑な継承や人材の育成も同時に進めることも重要である」としている<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#a" data-slimstat="5"><u>※１</u></a></span>。</p>
<p>　筆者には、原発の廃炉に、一般の産業施設で培われた既存の技術とは全く異なる特別に難しい技術が必要だとは思えない。</p>
<p>　第一に、原発プラントの廃炉は、コンクリート建屋の解体および鋼鉄製の機器や配管から成る一般産業プラントの解体と、物理的には同じである。違うところは、それらの設備が放射能を帯びているので、作業者の健康を守るために厳格な被ばく管理を行わなければならない点である。つまり、技術者は一般のプラント解体技術者であればよく、それに加えて放射線管理技術者が必要だということになる。放射線管理技術は知識の学習を基礎に、現場で経験を重ねて習得する要素が大きい。しかし、所定の課程を踏めば、取り立てて難解ではない。とりわけ、解体は生産設備建設とは違って、経済的な投資回収のための厳しい納期を設定する必要がない。放射能の強い箇所は、十分な時間をかけて減衰を待てばよい。現実的に、通常の原発の廃炉期間を30年程度と設定しているのはこのためである。<br />
<a href="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2018/03/5f7a6c28062942eecd3cfad303969c41.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" src="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2018/03/5f7a6c28062942eecd3cfad303969c41.jpg" alt="" width="388" height="250" class="alignright size-full wp-image-660" /></a><br />
　第二に、原子力プラントの構成が、一般産業プラントと大きく異なるものではないという点である。原発の開発は、アメリカで原子爆弾を開発したマンハッタン計画が終了した後、核反応から得られる熱エネルギーを民生用の発電所の水蒸気発生に応用したことに始まる。もとからあった火力発電所のボイラを原子炉に置き換えたのが原発である。したがって、原発のタービン建屋は、火力発電所の設計思想を受け継いでいる。原子炉建屋とその中の原子炉設備だけが特殊で、かつ、その部分が強い放射能を帯びているので、解体の最終段階に位置する。原子炉建屋およびその中に設置された原子炉や格納容器の形状が特有だといっても、設計・建設・材料は基本的に同じ工業手法でつくられており、取り扱う上での工学上の考え方がとりたてて異なるわけではない。</p>
<p>　第三に、原子力工学という特殊な学問上の知見が必要なのかを問わなければならない。原子力工学の神髄は、原子炉の中で行わせる核反応を制御する領域にある。運転を行わない場合は、その周辺技術としての放射線管理技術者が、作業者の健康を守る被ばく管理をすれば足りるのであって、取り立てて原子力工学の専門家を養成しなくても解体作業はできる。</p>
<p>　第四に、どのような工業技術分野の技術者にも身に覚えがあろうが、大学や高校で工学を学ぶとはいえ、それは基礎的な原理を学ぶのであって、就職後に現場において、On-the-job-trainingを経て一人前の技術者に育っていくのである。廃炉技術が必要ならば、解体現場で働くうちに必要な技能は自然に身に着いていくものである。この分野のみを特殊視して、「人材育成」を大げさに喧伝すべき根拠はない。30年間かかるといっても、その時代時代の若者が現場の必要に合わせて職能を獲得していけばよい。日本社会が急激に工業化していた時期と原発を建設していた時期が重なっていた。その時期に、原発建設に携わった技術者たちもそのような道程を踏んで一人前の技術者になったのではなかったか。</p>
<hr>
<div style="line-height:16px"><span style="font-size: 80%"><a name="a" data-slimstat="5"><br />
※1.</a> 「原子力利用に関する基本的考え方」原子力委員会、2017年7月20日、5.2.6項、p.15<br />
　　<a href="http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/kettei/kettei170720.pdf" target="_blank" rel="noopener noreferrer">http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/kettei/kettei170720.pdf<br />
</a></div>
<hr>
<div style="line-height:16px"><span style="font-size: 80%">【画像出典】<br />
　トップ画像：「小型遠隔重機による機器の撤去」（日本原子力発電株式会社『東海発電所の廃止措置』より）<br />
　　<a href="http://www.japc.co.jp/haishi/photo_repo/archive04.html" target="_blank" rel="noopener noreferrer">http://www.japc.co.jp/haishi/photo_repo/archive04.html</a><br />
 　火力発電と原子力発電の違い：（日本原子力文化財団『｢原子力・エネルギー｣図面集』より）<br />
　　<a href="http://www.jaero.or.jp/data/03syuppan/energy_zumen/energy_zumen.html" target="_blank" rel="noopener noreferrer">http://www.jaero.or.jp/data/03syuppan/energy_zumen/energy_zumen.html</a>
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		<title>コラム：廃炉ロードマップは絵に描いた餅〔筒井哲郎〕</title>
		<link>https://www.ccnejapan.com/column/16456/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[筒井 哲郎]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 28 Oct 2016 11:35:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://blog.ccnejapan.com/?p=530</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2016/10/toudoheki.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>　現在、福島第一事故サイトの後始末作業は、政府・東京電力が2013年6月27日に策定した「中長期ロードマップ」※１を基本に、毎年少しずつアップデートしながら進めている。全体としての「廃止措置終了までの期間」を30～40年 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2016/10/toudoheki.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>　現在、福島第一事故サイトの後始末作業は、政府・東京電力が2013年6月27日に策定した「中長期ロードマップ」<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#a"><u>※１</u></a></span>を基本に、毎年少しずつアップデートしながら進めている。全体としての「廃止措置終了までの期間」を30～40年後と表示しており、これが公式の終了期間として、地元自治体の復興計画やそのほかのすべての政策の基本をなしている。</p>
<p>　このロードマップは、たくさんの開発項目を前提にして、「それらの開発がすべて成功すれば30～40年で後始末が完了するであろう」というスケジュールである。そして、事故後5年半、ロードマップ策定後3年を経過した現時点において、汚染水対策の柱であった凍土壁は失敗し、その他、燃料デブリの取り出しに係る項目のうち、計画時期が過ぎたものはいずれも未完了である。さらに、今後に控える廃棄物処理に係る計画も、短かい年月で結論が出る種類の問題ではない。未完成の技術を前提として立案したロードマップは、絵に描いた餅であった。</p>
<p><a href="http://blog.ccnejapan.com/wp-content/uploads/sites/3/2016/10/loadmap.jpg" target="_blank"><img loading="lazy" decoding="async" src="http://blog.ccnejapan.com/wp-content/uploads/sites/3/2016/10/loadmap-1024x762.jpg" alt="東京電力(株)福島第一原子力発電所１〜４号機の廃止措置等に向けた中長期ロードマップ" width="1024" height="762" class="aligncenter size-large wp-image-543" /></a><br />
　ロードマップでは、次工程に進む判断の重要なポイントにおいて、追加的に必要となる研究開発や、工程または作業内容の見直しも含めて検討・判断することとしており、これを判断ポイント（HP）として設定している。</p>
<p>　原子炉本体に係るロードマップの中では、目標期限を過ぎたか、期限が迫っているHPに下記のものがあるが、予定通り終わった項目は一つもない<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#b"><u>※２</u></a></span>。</p>
<p>　　HP　1-1：燃料・燃料デブリ取り出し計画の選択（2014年度）<br />
　　HP　DE-2：格納容器内調査方法確定（2016年度）<br />
　　HP　IW-1：陸側遮水壁設置の技術的課題の解決状況の検証（2013年度）<br />
　　HP　ND-1：原子炉施設の廃止措置シナリオの立案（2015年度） 	</p>
<p>　2015年6月に出されたロードマップの部分的な改訂版では、「判断ポイント」という符号は消されている。そして、上記の「HP　1-1：燃料・燃料デブリ取り出し計画の選択」に相当する部分は、期限を2016年度末に変更されている<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#c"><u>※３</u></a></span>。</p>
<p>　「HP　ND-1：原子炉施設の廃止措置シナリオの立案（2015年度）」というのは、事故サイトの最終的な姿（すなわち、更地にするのか、一部分を残しておわりにするかなど、といった最終形状）を計画策定時に決めないでおいて、2年後の2015年度に決めるとしたのである。けれども、2016年の今、この点について何の発表もない。現状の計画は、プロジェクトの全貌を描くことさえできていないのである。</p>
<p>　共通項目に係るロードマップの中では、「HP　IW-1：陸側遮水壁・・・」は、このロードマップが立案されて間もなく2013年9月に「凍土壁計画」が決定されて、345億円を投じて建設された。海側の凍結作業のみを3月末から半年間行い、セメントや薬剤注入の追加工事を行った上で、本年10月13日に全体が0℃以下になったと発表した。全体の遮水効果の確認は今後に残されている<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#d"><u>※４</u></a></span>。</p>
<p>　ロードマップが、露呈している重大な欠陥は、総費用、総動員人員数、総被ばく労働者数などの基本的な資源投入を明示していない無責任な作文だということである。そして、その費用は政府が国家予算から原子力損害賠償・廃炉等支援機構をつうじて、単年度ごとに野放図に注入している。その上、電事連はこの廃炉費用を、総額不明のまま、国費で補助するように求めている<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#e"><u>※５</u></a></span>。この無計画性は直ちに矯正しなければならない。</p>
<p>　課題を技術面にもどすと、政府は既存の技術のみで実行可能な計画をまず作り、その後、一定の間隔で新しく開発に成功した技術によって短縮可能な要素を織り込みながら改訂していくのが、大規模プロジェクトの計画のあり方として正道である。</p>
<hr>
<div style="line-height:16px;"margin-left: 1em; text-indent: -1em;"><span style="font-size: 80%;"><br />
<a name="a">※1.</a> 「東京電力㈱福島第一原子力発電所1～4号機の廃止措置等に向けた中長期ロードマップ」原子力災害対策本部<br />
　　　 東京電力福島第一原子力発電所廃炉対策推進会議、平成25年6月27日、p.83～88<br />
　　　 <a href="http://www.meti.go.jp/press/2013/06/20130627002/20130627002-3.pdf" target="_blank">http://www.meti.go.jp/press/2013/06/20130627002/20130627002-3.pdf</a><br />
<a name="b"> ※2.</a> 同上。</a><br />
<a name="c"> ※3.</a> 「東京電力㈱福島第一原子力発電所の廃止措置等に向けた中長期ロードマップ」廃炉・汚染水対策関係閣僚会議、<br />
　　　 平成27年6月12日、p.29<br />
　　　 <a href="http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/pdf/20160317.pdf" target="_blank">http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/pdf/20160317.pdf</a><br />
<a name="d">※4.</a> 「福島第一原発の凍土壁　海側『全て凍結』」『東京新聞』2016年10月14日<br />
<a name="e">※5.</a> 「福島原発8兆円負担増　電事連、国費求める」『毎日新聞』2016年10月4日夕<br />
</span></div><p>The post <a href="https://www.ccnejapan.com/column/16456/">コラム：廃炉ロードマップは絵に描いた餅〔筒井哲郎〕</a> first appeared on <a href="https://www.ccnejapan.com">原子力市民委員会 Citizens' Commission on Nuclear Energy</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>幻想のデブリ取り出し〔筒井哲郎〕</title>
		<link>https://www.ccnejapan.com/column/16454/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[筒井 哲郎]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 29 Jun 2016 01:27:44 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[事故処理]]></category>
		<category><![CDATA[東京電力]]></category>
		<category><![CDATA[燃料デブリ]]></category>
		<category><![CDATA[福島原発事故]]></category>
		<category><![CDATA[福島第一原発]]></category>
		<category><![CDATA[被ばく労働]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://blog.ccnejapan.com/?p=494</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2016/06/160627_1_1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>はじめに 　去る5月29日（日）に、ＮＨＫ総合テレビでNHKスペシャル「廃炉への道2016　核燃料デブリ　迫られる決断」が放映された。 　「迫られる決断」とは、政府および東京電力が決めた「中長期ロードマップ」に従うと、「 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://www.ccnejapan.com/column/16454/">幻想のデブリ取り出し〔筒井哲郎〕</a> first appeared on <a href="https://www.ccnejapan.com">原子力市民委員会 Citizens' Commission on Nuclear Energy</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2016/06/160627_1_1.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p><b>はじめに</b><br />
　去る5月29日（日）に、ＮＨＫ総合テレビでNHKスペシャル「廃炉への道2016　核燃料デブリ　迫られる決断」が放映された。<br />
　「迫られる決断」とは、政府および東京電力が決めた「中長期ロードマップ」に従うと、「デブリ取り出し方法を2017年までに決めることを迫られている」という意味に過ぎない。つまり、当事者たちが困難な計画を立てて、それに合わせるように頑張っているシーンを宣伝するかのような番組であった。具体的には、東芝が格納容器の冠水計画を実物大模型で実験し、日立が気中取り出しのケースに備えて遠隔操縦のロボットを開発し、エネルギー総合工学研究所が韓国の研究所と協力して溶け落ちたデブリの分布を推定する実験を行っている内容である。その映像や語り口はかつての「プロジェクトＸ」を彷彿させるものであった。<br />
　落ち着いて観察すると、夢を語って開発を推進するあまたの「原子力開発計画」の一種と考えられる。</p>
<p><b>１．責任があいまいな契約</b><br />
　これらの研究費用は、技術研究組合国際廃炉研究開発機構（IRID）を通じて国家予算からそれぞれの研究グループに支給されている。そして研究開発を名目とするこれらの費用は、通常の業務委託契約と異なり、成果の保証や期限や総額が納税者たる一般市民に分かりやすい形で明示されていない。放映されたデブリ取り出しに関わる開発業務は、まだまだ緒に就いたばかりで、1年半程度の期間で確実な見通しが立つとは思えない。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="http://blog.ccnejapan.com/wp-content/uploads/sites/3/2016/06/160627_1_2-300x210.jpg" alt="160627_1_2" width="300" height="210" class="alignright size-medium wp-image-504" />　もんじゅをはじめ多くの「原子力開発」でずるずると同様の契約で費用が支出されていることを想起しよう。政府が開発委託をして成り行き任せに単年度ごとの開発予算を注入し続けながら、専門家たちの危惧通りに終わった「凍土壁」もその一つだ<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#a"><u>※1</u></a></span>。その経緯を簡単に振り返っておく。つまり、2013年度の開発予算を136億円支給することで契約し、翌年度の予算を184億円追加して合計320億円とした。そして現在は345億円になっている。被災者たちへの正当な賠償すらなされていないことと比較すると、このような安易な投入は公正とは思えない。また、当初の完成予定は2015年3月であった。工事の結果、昨年7月の第16回汚染水処理対策委員会に提出された試験結果でほぼ失敗が明らかになり、さらに東電は本年5月に、何らかの追加措置を加えなければ凍土壁が閉止を完結しないことを認めた<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#b"><u>※2</u></a></span>。これも開発契約であったこと、成果保証や納期期限がない契約であったことが共通している。要するに仕事が成り行き任せで「失敗しました」といえばそれで免責される契約であることに注意をしなければならない。</p>
<p><b>２．プロジェクト・マネジメントの不在</b><br />
<img loading="lazy" decoding="async" src="http://blog.ccnejapan.com/wp-content/uploads/sites/3/2016/06/160627_1_3-300x209.jpg" alt="160627_1_3" width="300" height="209" class="alignright size-medium wp-image-506" />　どのような開発プロジェクトであれ、プロジェクト・マネジメント組織が明示され、マネージャーが前面に出て、出資者に対して責任ある説明をしなければならない。現在は、そのような組織の説明がなく、ただ末端の担当者たちが右往左往している映像が放映されただけである。もしIRIDが全体を統括しているのであれば、理事長の山名元氏が前面に立って、納税者に全体計画を説明しなければならない。少なくとも先般のテレビ放送では、「どうなるか分からない」と他人事のように評論するだけであった<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#c"><u>※3</u></a></span>。</p>
<p><b>３．後始末には100年以上必要</b><br />
　デブリ取り出しを含む福島第一原発事故炉の後始末は、100年以上の時間をかけて放射能の減衰を待ちながら、安全と被ばく労働に配慮して着実に行うべきことをわれわれは提言した<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#d"><u>※4</u></a></span>。拙速に30～40年で後始末を完了させるという政府・東電の現行ロードマップは幻想である。</p>
<p>　被ばくを避けるために格納容器に水を満たす冠水計画は、それが可能であれば望ましいが、現在の格納容器の耐圧性能では冠水すると設計圧力に達してしまう。また、転倒防止のシアラグの設計荷重が過小になる。したがって、もしその間に地震荷重が加わると大破する恐れがある<span style="font-size: 80%;vertical-align: super"><a href="#e"><u>※5</u></a></span>。また、冠水のために格納容器周辺で作業するには放射線量が高すぎる。</p>
<p>　正常に運転を終了して、使用済み核燃料を安全にとりだす原発の廃炉期間が、通常30年弱と設定されていることを考えれば、事故によって溶融した核燃料が飛散している福島の事故炉の後始末期間は、100～200年を設定することが当然である。</p>
<hr>
<div style="line-height:15px"><span style="font-size: 80%"><a name="a">※1.</a> 日本陸水学会「福島第一原発における凍土遮水壁設置にかかわる意見書」2013年9月20日<br />
　　<a href="http://www.jslim.jp/?p=199" target="_blank">http://www.jslim.jp/?p=199</a><br />
　　浅岡顕「凍土壁が抱え込んだ1Ｆ汚染水問題の困難」『世界』2016年3月号</span></div>
<div style="line-height:15px"><span style="font-size: 80%"><a name="b">※2</a> 第16回汚染水処理対策委員会、2015年7月29日<br />
　　「凍土壁1割凍結せず　東電、追加工事検討」『朝日新聞』2016年5月26日</span></div>
<div style="line-height:15px"><span style="font-size: 80%"><a name="c">※3.</a> プログラム・マネジメントおよびプロジェクト・マネジメントの組織を確立してこれらの問題に取り組むべきことは、つとに原子力<br />
　　市民委員会が提言したところである。<br />
　　「事故収束と汚染水対策の取り組み体制についての緊急提言」2013年8月28日<br />
　　<a href="http://www.ccnejapan.com/20130828_CCNE_01.pdf" target="_blank">http://www.ccnejapan.com/20130828_CCNE_01.pdf</a><br />
　　『原発ゼロ社会への道』2014年4月12日、p.87<br />
　　<a href="http://www.ccnejapan.com/20140412_CCNE.pdf" target="_blank">http://www.ccnejapan.com/20140412_CCNE.pdf</a></span></div>
<div style="line-height:15px"><span style="font-size: 80%"><a name="d">※4.</a> 特別レポート『100年以上隔離保管後の「後始末」』原子力市民員会、2015年6月<br />
　　<a href="http://www.ccnejapan.com/20150608_CCNE_specialreport.pdf" target="_blank">http://www.ccnejapan.com/20150608_CCNE_specialreport.pdf</a></span></div>
<div style="line-height:15px"><span style="font-size: 80%"><a name="e">※5.</a> 筒井哲郎「格納容器冠水計画の危険性」『科学』Vol.84 No.8 (2014), p.818</span></div><p>The post <a href="https://www.ccnejapan.com/column/16454/">幻想のデブリ取り出し〔筒井哲郎〕</a> first appeared on <a href="https://www.ccnejapan.com">原子力市民委員会 Citizens' Commission on Nuclear Energy</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>テロ対策の無理 〔筒井哲郎〕</title>
		<link>https://www.ccnejapan.com/column/16447/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[筒井 哲郎]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 08 Feb 2016 06:12:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2015/12/1024-cc-library0100054132-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>　東北電力女川原発を昨年11月4日に見学しました。印象に残ったのは、テロ対策という目的で、本人確認や原子炉建屋内の入門管理で空港の金属探知機のようなゲートをくぐらせることです。さらに進むには2重扉を通らなければなりません [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://www.ccnejapan.com/column/16447/">テロ対策の無理 〔筒井哲郎〕</a> first appeared on <a href="https://www.ccnejapan.com">原子力市民委員会 Citizens' Commission on Nuclear Energy</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2015/12/1024-cc-library0100054132-2.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>　東北電力女川原発を昨年11月4日に見学しました。印象に残ったのは、テロ対策という目的で、本人確認や原子炉建屋内の入門管理で空港の金属探知機のようなゲートをくぐらせることです。さらに進むには2重扉を通らなければなりません。登録した人物以外の侵入を許さないというゲートチェックをしているに違いありませんが、武器を持って暴力的に破壊する集団にはまったく対抗できない、ソフトなゲートシステムに見えます。</p>
<p>　2014年8月に原子力規制委員会が、故意による航空機落下とテロ攻撃に関する審査ガイドを規定しました。各電力会社はそれに沿って、人の出入りの管理を厳重にして怪しい人の出入りを防ぐという趣旨のハードウエアを充実させる対策を設置許可申請書で触れていますが、実効性があるとは考えにくいものです。アメリカでは2001年9月11日の同時多発テロ以来、「テロ対策」が厳格になり、原発においても、いわば軍事基地並の警備が行われるようになりました。不審者を射殺することも許された警備員がフェンス沿いに一定間隔で立ち、フェンスの外に向かって銃を構えて警備しています（<a href="#a"><u>注</u></a>）。しかもその実力をテストする模擬襲撃部隊をNRCの中に設けて、ときどき襲撃して訓練するといった実効性のある組織上の備えをしていますが、日本では何も行われていません。</p>
<p>　テロ対策という言葉で、私がもっとも身近に連想するのは、2013年1月にエンジニアリング会社「日揮」が加わっていたアルジェリアのプラント建設現場で起きた武力攻撃事件です。日本人10人を含む多数の方が亡くなりました。相手は戦争のつもりでゲリラ攻撃を仕掛けてきます。こちらが備えを固くすればそれを凌駕する装備と作戦で襲ってきます。つまり、予め防備計画を文書上で審査することが不可能な、相対的な性格を持っています。方法にしろ、防護レベルにしろ、これだけであれば十分だという基準はないし、必ず勝つ戦闘というものはありません。また、仮に武装警備組織の配置を有効に行ったとして、襲撃者を制圧すればそれでよいというものではありません。原発を安全に冷温停止までコントロールすることが必要です。傍らで銃撃が行われている脇で、冷静に停止操作を行う運転員の姿などありえません。蜘蛛の子を散らすように逃げるのが自然です。</p>
<p>　福島事故によって、原発がそれ自体として原爆相当の危険物を内包している脆弱なシステムであり、破壊的意図を持った集団にとってはもっとも有効な攻撃対象であることが周知となりました。かつ、その攻撃方法も多様に考えられます。シミュレーション小説として、若杉洌『原発ホワイトアウト』、東野圭吾『天空の蜂』などのベストセラーもあります。いずれにせよ、民生用の連続運転施設を頑強に作り、厳重に防護するなどということは経済面からしても非現実的です。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" src="http://blog.ccnejapan.com/wp-content/uploads/sites/3/2015/12/line-gray.gif" alt="line-gray" width="633" height="3" class="alignleft size-full wp-image-290" /><br />
<br /><a name="a">注</a>：佐藤暁「核テロの脅威について考える」『科学』2013年5月号</p><p>The post <a href="https://www.ccnejapan.com/column/16447/">テロ対策の無理 〔筒井哲郎〕</a> first appeared on <a href="https://www.ccnejapan.com">原子力市民委員会 Citizens' Commission on Nuclear Energy</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>防災避難計画の無理〔筒井哲郎〕</title>
		<link>https://www.ccnejapan.com/column/16445/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[筒井 哲郎]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 29 Oct 2015 09:39:34 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[スリーマイル島]]></category>
		<category><![CDATA[メルトダウン(炉心溶融)]]></category>
		<category><![CDATA[事故対応]]></category>
		<category><![CDATA[炉心融解]]></category>
		<category><![CDATA[避難指示]]></category>
		<category><![CDATA[防災体制]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2015/10/screening4.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>　住民の被曝を低減するためには、防災避難計画を原発の安全審査と合わせて判断する必要があります。しかしこの計画の立案や審査は原子力規制委員会の所掌外となっており、計画策定は地元自治体に押し付けられています。一方、米国では敷 [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://www.ccnejapan.com/column/16445/">防災避難計画の無理〔筒井哲郎〕</a> first appeared on <a href="https://www.ccnejapan.com">原子力市民委員会 Citizens' Commission on Nuclear Energy</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2015/10/screening4.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p><p>　住民の被曝を低減するためには、防災避難計画を原発の安全審査と合わせて判断する必要があります。しかしこの計画の立案や審査は原子力規制委員会の所掌外となっており、計画策定は地元自治体に押し付けられています。一方、米国では敷地外の緊急時避難計画は州や地方政府が作成してFEMA（連邦緊急事態管理庁）が審査することになっており、その上でNRC（米原子力規制委員会）が事業所内の緊急時対策との整合性を確認して運転許可を行うことになっています。ニューヨーク州ロングアイランドに建設されたショーラム原発は、地元の郡当局が最終的に避難計画策定を拒否したため、建設後一度も運転されないまま廃炉にされました。スリーマイル島事故を契機にした住民たちの反対運動が郡議会を動かしたことが背景にありました<span style="font-size: x-small">（<a href="#a">注1</a>）</span>。</p>
<p>　避難にかかる時間も問題です。原発の運転制御室で事故を把握し、現地対策本部や電力会社本店を経て、旧原子力安全・保安院などの行政機関が措置を決め、県庁や地元自治体に連絡をするのに福島事故では5時間かかりました。しかも情報がファクスで送られても、役所の機能が失われていたため、実際には住民に情報が行き渡りませんでした<span style="font-size: x-small">（<a href="#b">注２</a>）</span>。メルトダウンしてから、格納容器の破損やベント（気体の一部を排出する措置）で放射性物質が放出されるまで2時間程度しかありません。今の計画では、地元住民は避難中に高濃度被ばくを受けることになってしまいます<span style="font-size: x-small">（<a href="#c">注３</a>）</span>。</p>
<p>　福島事故までは、メルトダウンが発生した時点で、SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワーク)で汚染予想を住民に知らせる予定でした。それが福島事故の際に機能しなかったという理由で、規制委は今後緊急時の避難用には利用しないといっています。測定車を走らせて汚染を実測し、避難指示を出すのだと言います。つまり予報ではなくて汚染被害が出てから通知するというのです。これはあまりに無策と言わねばなりません。</p>
<p>　道路も深刻な渋滞が予想され、自家用車で逃げる場合、原発にもっとも近い人々が30ｋｍ圏内を脱することができるのは24時間を超えると予測されています。原発に近い地域の人びとから段階的に避難してもらう、という2段階避難計画は絵に描いた餅です<span style="font-size: x-small">（<a href="#d">注４</a>）</span>。さらに、要介護施設などの入所者には、未だ確たる計画が立っていません。福島事故の際、多くの避難弱者が避難途中で死亡したことは記憶に新しい事実です。その問題は未だに解決されていません。</p>
<div style="line-height:15px"><span style="font-size: x-small">　　<a name="a">注1.</a> 卯辰昇「米国原子力開発の停滞と再生可能性に関する法的考察」早稲田法学会誌第49巻（1999）、pp.109<br />
　　　　　<a href="https://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/6528/1/A05111951-00-049000109.pdf" target="_blank">https://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/6528/1/A05111951-00-049000109.pdf</a><br />
　　　　　アイリーン・スミス「解体を待つショーラム原発」『反原発新聞』第165号、1991年10月20日<br />
　　　　　<a href="http://greenaction-japan.org/internal/911020_Shoreham.pdf">http://greenaction-japan.org/internal/911020_Shoreham.pdf</a><br />
　　<a name="b">注2.</a> 末田一秀「原子力防災見直しの課題」原子力資料情報室公開研究会資料、p.13<br />
　　　　　<a href="http://www.cnic.jp/files/20130202_CNIC_81study.pdf">http://www.cnic.jp/files/20130202_CNIC_81study.pdf</a><br />
　　<a name="c">注3.</a> Study2007『見捨てられた初期被曝』岩波科学ライブラリー、2015年、p.17<br />
　　<a name="d">注4.</a> 上岡直見『原発避難計画の検証』合同出版、2014年<br />
</span></div><p>The post <a href="https://www.ccnejapan.com/column/16445/">防災避難計画の無理〔筒井哲郎〕</a> first appeared on <a href="https://www.ccnejapan.com">原子力市民委員会 Citizens' Commission on Nuclear Energy</a>.</p>]]></content:encoded>
					
		
		
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