トリチウム汚染水海洋放出問題資料集|ALPS処理汚染水をめぐるQ&A

この資料集は、2021年4月に政府が福島第一原発のALPS処理汚染水を海洋放出する方針を示したことを受けて、原子力市民委員会規制部会として、政府や各団体、専門家などの説明を集め、Q&Aのかたちにまとめたものです。

なお、トリチウムが生体内から排出されるまでの期間など、それぞれの見解に違いのある内容も含まれています。新しい知見を得た場合には、その都度、改訂する予定です。みなさまの検討用資料としてご活用ください。

ご意見、ご指摘などは、原子力市民委員会事務局 email@ccnejapan.com へお知らせください。

『トリチウム汚染水海洋放出問題資料集 原子力市民委員会 原子力規制部会まとめ』(最終更新 2021年6月22日

もくじ

トリチウム汚染水海洋放出問題資料集

§ 1 原発でトリチウムが発生し、海洋放出される理由

§ 1 原発でトリチウムが発生し、海洋放出される理由

A:通常運転中のトリチウム発生の場所と発生メカニズム

  1. 核燃料棒内:核燃料のウラン-235、プルトニウム-239などが中性子を吸収して3体核分裂することにより発生(BWR, PWR共通)。燃料被覆管が健全であれば大部分は核燃料棒内に留まり、一部は核燃料棒の外面を覆う被覆管(ジルコニウム)を透過して炉水中に漏出する(通常運転中に被覆管を透過する割合は、東電評価によると年間平均発生量の約 10 -4 倍程度)。
  2. 制御棒内(BWR):ボロン・カーバイド(B4C)のボロン-10が中性子(n)を吸収して発生。
    • 10B + n -> 3H + 24He
    あるいは、次の 7Li 経由の2段階プロセス:
    • 10B + n -> 7Li + 4He
    • 7Li + n -> 3H + 4He + n
    制御棒被覆管が健全であれば制御棒内に留まる。
  3. 一次冷却材内(PWR):反応度制御用に添加されるほう酸中のボロン-10が中性子を吸収して発生(反応式は2と同じ)。
  4. 炉水中の微量成分である重水への中性子照射により生成
    • 2H + n -> 3H + γ

<注記>
・福島第一原発事故での汚染水中のトリチウム量は、1が主で、次いで4が寄与。
・通常運転中の年間あたりの海への放出量について一般的にPWRの方がBWRよりも1〜2桁多い要因は3である。

【文献】東京電力「福島第一原子力発電所における汚染水処理とトリチウムの状況」 経済産業省トリチウム水タスクフォース報告書(平成28年5月27日)参考資料7

Q2:原発の通常運転中にトリチウムが海洋放出される理由は?(BWRの場合)

原子炉一次系ポンプ、弁などからの漏えい水、サンプルラインの排出液など(機器ドレンと呼ぶ)に含まれているトリチウムは液体廃棄物処理設備からの廃液に含まれて排水口より放出される。

【文献】原子力安全研究協会「軽水炉発電所のあらまし」(平成4年10月)95〜96頁

Q3:原発の通常運転中にトリチウムが海洋放出される理由は?(PWRの場合)

一次冷却設備からの抽出水に含まれているトリチウムは液体廃棄物処理設備を経て海洋中に放出される。

【文献】原子力安全研究協会「軽水炉発電所のあらまし」(平成4年10月)199〜200頁

Q4:原発の通常運転中のトリチウム海洋放出量について、PWRがBWRよりも一桁ほど多いのは何故か?

PWRでは一次冷却水に炉心反応度制御用のほう酸が含まれており、その成分中のボロン-10が炉心内で中性子を吸収するとトリチウムが生成される(Q1のA3参照)。一方、BWRでは炉心冷却水にほう酸は含まれていない。このほう酸の有無の違いで、PWRの方がBWRよりもトリチウム海洋放出量が多くなっている。

Q5:通常運転中のトリチウム水の放出量がCANDU炉では軽水炉よりもかなり多い理由は?

カナダが開発したCANDU炉では重水を冷却材および減速材として使うために、炉水中でのトリチウム生成量が軽水炉のPWRより1桁以上多い。

【文献】Ian Fairlie, “Tritium Hazard Report: Pollution and Radiation Risk from Canadian Nuclear Facilities,” GREENPEACE, 2007, p.9

Q6:運転中のトリチウム放出量のモニタリングはどうするのか?

運転中には海洋と大気中への放出量をモニタリングしており、それは恒常的な精密測定を要求される。安易な放出作業では済まない緻密さが必要である。

Q7:地球上のトリチウムの由来は?

柿内は環境中インベントリーの図(省略)のように説明している。核実験に由来するものの多いことに留意する必要がある。

※ 出典:柿内秀樹「トリチウム(3H)の環境動態」p.12

https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/pdf/140207/140207_01d.pdf

Q8:地球上には宇宙線により生成される天然のトリチウムが100京〜130京Bq存在する。それに比べ、福島第一原発の汚染水貯蔵タンク内にあるのは860兆Bqに過ぎず、問題にはならない(例えば『電気新聞』など)という主張は正しいのか?

地球上の水の量は13.86億 km3 である。130京Bq(130 × 1016 Bq)を13億 km3 で割ると次の数値になる。

130 × 1016 Bq / (13 × 108 × 1 × 109) m3 = 1 Bq/m3

つまり均等に分散すれば微小な濃度になる。1施設から放出すれば局所的に高濃度になり、そのことが懸念される。

【文献】『電気新聞』「トリチウムの基本 Q&A」https://www.denkishimbun.com/tritium_qa/a6.html

Q9:トリチウムは天然にもあるから安全ではないか?

放射性物質は天然であれ、人工由来であれ生物細胞(とりわけ染色体)に影響して病気の原因となる。天然のものは避けられないが、人工由来の放射性物質を加重することは避けなければならない。

Q10:貯蔵タンク内のトリチウム全量約860兆ベクレルは、六ヶ所村にある日本原燃再処理施設で2006年から3年間実施されたアクティブ試験時に太平洋中へ放出されたトリチウム放出全量約2,200兆ベクレルよりかなり少ないので、全量放出しても何ら問題はないのではないか。

再処理施設でのアクティブ試験中に約2,200兆ベクレルのトリチウムが海洋放出されたのは事実であるが、国及び事業者による放出後の安全性の検証作業とその報告は何もされていないことも事実である。トリチウム放出量について、再処理施設での放出実績値と比較することは、トリチウム放出の安全性を示す科学的根拠にはならない。

Q11:ロンドン条約:トリチウムは海洋投棄禁止対象物ではないのか?

  • 条約での主要な規制事項は次のとおり。
    • 附属書Iに掲げる廃棄物その他の物(有機ハロゲン化合物、水銀及び水銀化合物、産業廃棄物、放射性廃棄物等を含む)の投棄を禁止。
  • 政府代表発言:「汚染水問題は船からの投棄ではないので、ロンドン条約会議での検討事項には当てはまらないと日本は考える」(2013年10月14〜18日、第35回締約国会議)
  • 【文献】

§ 2 人体への毒性に関する諸論

Q1:生物への毒性:なぜトリチウムの毒性が分かりにくいのか?
  • 疫学調査では、対象者が他の放射性核種を同時に摂取していることが多く、トリチウム単独の影響を調べるのが難しい。
  • 代替手段としてマウス等の動物を用いた実験が行われてきたが、そのほとんどが高線量被ばくであり、低線量被ばくについての実験研究は少ない。
  • どの様な放射線についても健康影響の実証はむずかしい。
Q2:人体への悪影響を指摘する意見と根拠は?
  • トリチウム水は普通の水と同様、口や呼吸、皮膚を通じて体内に入り、細胞中で様々な合成・代謝反応に関与し、水素と同様に蛋白質や遺伝子DNAの構成成分になる。体内の有機物に取り込まれたトリチウムは「有機結合性トリチウム:OBT(Organic Bound Tritium)」と呼ばれ、その分子が分解されるまで細胞内に長期間とどまり、ベータ線を出し続けて内部被曝をもたらす。放射線生物学者ロザリー・バーテルによれば、DNAの一部になった有機結合性トリチウムの体内残留期間は少なくとも15年以上とのことで、体内に入っても短期間に排出されるというのは間違いである。しかも、その間、ベータ線による内部被曝が続く。さらにDNAに取り込まれた有機結合性トリチウムは、放射線被曝とは全く異なる仕組みでDNAをも破壊する。トリチウムはベータ線を出して崩壊するとヘリウムに変形する。ヘリウムは安定元素で他の元素と化学結合できないため、トリチウムがヘリウムに変わった途端DNAとの結合が切れてしまう。その結果、DNAを構成している炭素や酸素、リンなどのトリチウムと結合していた元素が不安定になりDNAが壊れる。これは放射線被曝とは全く異なるDNA分子の破壊である。
  • トリチウムの生物への影響については多くの研究がある。
    • 人間のリンパ球の培養実験では、DNAの構成要素のひとつチミジンの水素をトリチウムで置き換えると、トリチウム濃度が 37 Bq/ml くらいから染色体異常が始まり、19万 Bq/ml では100%の染色体が破壊される。
    • ローレンス・リバモア国立核研究所(米)による長期間のトリチウム投与実験では、雌のリスザルに妊娠から出産までトリチウム水を飲ませると、生まれた子どもの雌の卵巣には卵細胞が殆どなかった。
  • 現場被害の報告
    • イギリスのセヴァーン河口(ヒンクレーポイントとバークレイ・オルドベリ原発からの排水にトリチウム、ニコムド・アマーシャム放射化学実験所からの排水に様々な有機物が含まれている):海水のトリチウム濃度は 10 Bq/ml。海底の表層土壌には 600 Bq/g、海藻には 2000 Bq/g(いずれも乾燥重量当たり)のトリチウムが含まれ、その殆どは有機結合性トリチウムであった。(2010年の論文)
    • カナダのオンタリオ湖周辺(CANDU型原発8基あり):周辺地域で出産異常や流死産、ダウン症候群の増加、新生児の心臓疾患や中枢神経の異常の増加(1978〜1985年、シエラ・クラブ・カナダの論文)。新生児に影響が大きい理由は、トリチウム水が母親の胎盤を透過して胎児のDNAに入り込み、盛んに分裂しつつある胎児のDNAを破壊するから。
  • 【文献】
    • a-1. 河田昌東:「DNAに取り込まれるトリチウム その健康影響」 DAYS JAPAN 2018年11月号、pp.16-17
    • a-2. 河田昌東「福島原発のトリチウム—何が問題か」 WEB記事レイバーネット掲載(2021年4月12日)
  • 体内摂取による内部被ばくが懸念される。トリチウム水として人体に取り込まれた場合、その一部が細胞核の中まで入り込んで、DNA(遺伝子)を構成する水素と置きかわる可能性がある。その場合には、トリチウムが放出する、エネルギーが低く飛ぶ距離が短いベータ線が、遺伝子を傷つけるのに非常に効果的に作用し、ガンマ線よりも危険性が高いとみるべきではないかと指摘する研究もある。ベータ線の生物学的効果比(ガンマ線に対する相対的危険度)を1.5〜5にすべきとの指摘もある。
  • 有機トリチウムとしてふるまう場合にはもっと重大だと考えられている。トリチウムが有機化合物の中に入った形になると、人体にも吸収されやすく、細胞核の中にも入り込みやすくなり、長期間にわたりとどまると考えられる。
  • カナダのCANDU炉が集中立地する地域の周辺で、子どもたちに異常が起きていることが1988年に市民グループによって明らかにされた。これを受けてカナダ原子力委員会がまとめた1991年の報告書(AECD報告 INFO-0401 と INFO-0300-2)では、結論こそちがうが、データとして遺伝障害、新生児死亡、小児白血病の増加が認められる。
  • 【文献】上澤千尋「福島第一原発のトリチウム汚染水」『科学』Vol.83 No.5(2013)、pp.505〜507

  • トリチウムの被曝の形態は、低線量・低線量率の内部被ばくが想定されるが、経口・吸入・皮膚吸収により体内に取り込まれたトリチウム水は、全身均一に分布することから影響は小さくないと考えられる。さらに有機結合型トリチウムは生体構成分子として体内に蓄積され、長期被ばくを生じるので、トリチウムの化学形の考慮は重要となる。
  • 低レベルのトリチウム暴露によって、事実、人体影響が出るか否かの議論には、客観的な生物影響データの蓄積が必要であり、低線量・低線量率放射線影響の解明のため、高感度検出系トランスジェニックマウスを用いた、突然変異や発がんなど、放射線の確率的影響に関する研究の推進が望まれる。
  • 【文献】馬場敏幸「トリチウムの生体影響評価」『産業医科大学雑誌』Vol.31 No.1(2017年)、pp.25〜30
  • 1990〜92年にカナダのトロント大学に籍を置いていたが、当時は地元のマスコミがオンタリオ湖岸のピッカリング原子力発電所による環境汚染問題を取り上げていた。発電所周辺の子供に遺伝障害や新生児死亡、小児白血病の増加が認められるというものである。液体状のトリチウムでは、2001〜05年まで毎年260〜427兆Bq程度であったと報告されている。
  • 【文献】丸茂克美「原発事故に起因して放出されるトリチウムのリスク評価」『産業と環境』2015年4月号、pp.61〜64
  • トリチウムの生体濃縮が指摘されているレポート:
    • 武田洋「生体内でのトリチウムは体液あるいは組織水として存在する以外に、その一部が同位体である生体内有機成分中の水素と交換し同化・固定され、有機物として存在することが知られている。従って、他の生物を糧として生きている動物(人を含む)は、トリチウム汚染した環境から水の形のみでなく、有機物の形でトリチウムを摂取することになる。」(特別研究「核融合炉開発に伴うトリチウムの生物学的影響に関する調査研究」報告書、放射線医学総合研究所、1987年12月)
    • Turner A. Millward G.E, Stemp M, ”Distribution of tritium in estuarine waters: the role of organic matter”, Journal of Environmental Radioactivity, 100(10), Oct.2009, pp.890-895
    • 英国政府のRIFEレポート(2002)にも、$^3\text{H}$濃度は環境中よりも生物中の方が高い測定結果を示している(ただし、程度は低い)。
    • トリチウム水の植物プランクトンやムール貝(ヨーロッパイガイ)への生物濃縮:”Bioaccumulation of tritiated water in phytoplankton and trophic transfer of organically bound tritium to the blue mussel, Mytilus edulis”
  • ドイツ政府の実施したKiKK報告書
    • 原子力施設周辺の子供達の白血病が有意に増加していることを疫学的に示した。その原因は特定されなかったが、Ian Fairlieが「仮説」としながら、原因がトリチウム放出に在ることを問題提起した。(定期検査で原子炉を開放したときに、スパイク状にトリチウムが放出されることに原因を求めた)
    • Ian Fairlie, “A hypothesis to explain childhood cancers near nuclear power plants”, Journal of Environmental Radioactivity, Vol. 133, July 2014, pp.10-17
  • 【文献】伴英幸「トリチウムの危険性」FoE Japan オンライン国際セミナー資料(2020年5月3日)
  • トリチウムの生体影響について2020年2月に発表されたALPS小委員会の「報告」ではトリチウムの生体影響が以下の1〜4に述べるように正しく評価されていない。
    1. 「報告」p.16に「・・・100mSvを下回ると統計的に有意な増加は見られなくなる(自然発生頻度の変動の範囲内となる)」とあるが、これは明らかに間違いである。2012年以後、数ミリシーベルトでも小児白血病その他の悪性腫瘍の増加を示す論文が多数発表されており、NCRPコメンタリー27等でも評価されている。ICRPもNCRPも放射線防護のためには「LNTモデルよりも実用的で賢明なモデルは他に存在しない」としている。これに則って考えれば被ばくは少なければ少ないほどよいので、現在管理下にある汚染水中の放射能を故意に環境に放出して被ばくの機会を増加させることは許されない。
    2. p.16で「DNAには普段から様々な原因で損傷が入っていて、その大半は速やかに修復されている。」と述べているが、放射線による損傷と自然発生する損傷では質が異なる。放射線による損傷は複雑損傷が多く、誤修復が起きやすい。従ってそれが発がんの原因になり得る。発がん要因の中で放射線ほどよく研究されているものはなく、その成果がLNTモデルなのである。
    3. トリチウムの生物学的効果比(RBE):「トリチウムが他の放射線や核種と比べて特別に生体影響が大きいという事実は認められていない」と述べているが、これは正しくない。UNSCEAR 2016ではHTO(トリチウム水)のRBEを調べた48報の論文をまとめており、$\gamma$線を1とするとHTOのRBEは2−2.5と述べている。また線量が低いほどRBEが高くなる傾向があるとも述べている。2016年に青森で行われた環境科学研究所とICRPの合同シンポジウムでICRPのReal A氏が発表したデータによると、多くの実験でRBEは2〜3であることを示しており、1を示すものはほとんどない。「報告書」はHTOのRBEを1としているので、危険性を1/2〜1/3に見積もっていることになる。これらの事実は、仮に海洋放出をするとしたら、現在の希釈倍数よりも2倍〜3倍多く希釈しなければならないことを示しているので80年〜120年かかることになり陸上保管で放射能が1/1000に減衰する期間とそれ程変わらなくなる。
    4. 有機結合型トリチウム(OBT)の危険性:HTOは皮膚、呼吸、飲料水、食物などから体内に取り込まれ血液に移行し、容易に有機結合型トリチウムOBT1(交換可能なOBT)あるいはOBT2(交換不能なOBT)に変換される。HTOの体内半減期は10日と言われているが、OBT1とOBT2のそれは、それぞれ30〜40日と140〜550日と報告されており、OBTのRBEはHTOの4〜5倍となる(ALPS小委員会の「報告書」では2〜5倍)。トリチウムの生体影響を総合して考えると$\gamma$線と同等とする計算は著しい過小評価となる。
  • トリチウムはDNAに蓄積される
    • 放射線による損傷の内、生体にとって最も深刻なのはDNA損傷である。トリチウムがDNAに取り込まれ、それが長く存在し続ければその影響は大きい。DNAの中に取り込まれたトリチウムはタンパク質、炭水化物、脂肪などに入ったものとは異なり代謝によって減衰せず、DNAの中に長くとどまっている。しかもDNAの半減期は長く、マウスの肝細胞、脳細胞ではそれぞれ約1年、約2年(マウスの寿命は約3年)とする報告がある。最も危険に晒されるのは分裂するときにHTOに曝露され、その後長く生きる細胞、例えば胎児の神経細胞や卵子である。卵子DNAに取り込まれたトリチウムは次世代にも引き継がれてゆく可能性がある。トリチウムの$\beta$線の飛程距離は0.5〜0.7$\mu\text{m}$と短いにしても、DNA中に存在すればDNA損傷は容易に起きる。
  • トリチウムの生体影響の報告
    • ALPS小委員会報告ではUNSCEAR 2016年報告のまとめとして「ヒトの健康に対するトリチウム被ばくの確率的影響に関する疫学的証拠は存在しない」としているが、これは以下に挙げるように正しくない。人、特に胎児や子どもに対する健康影響を過小評価ないしは無視してALPS汚染水を環境放出することは許されるものではない。
    • カナダのCANDU型原子炉はトリチウムを環境中に多く排出し、その周辺に小児白血病や先天性異常が増加しているという報告は2016年のUNSCEARにもとりあげられている。特にPickering原発のHTO放出は多く、原発から25km以内で先天異常、死産、新生児死亡率の増加が報告されている。
    • ドイツのKKiK調査(2008年)では原発から5km以内の5才未満の子どもの白血病やがんがそれ以遠の地域におけるよりも増加していると報告されている。その原因は原発から排出されるHTOや $^{14}\text{C}$のためと考えられている。2018年にはトリチウム被ばくした核施設労働者の染色体異常が、被ばくのない労働者に比較して約3倍多いという報告がされている。
  • ALPS処理水の海洋放出による海産物の汚染
    • ALPS処理水を海洋放出することによって最も汚染が心配されるのは海産物である。HTOで汚染された海水中で育った海産物中にはOBTが蓄積される。OBTはHTOよりも摂取したときに生体内のタンパク質やDNAに取り込まれやすく排出されにくいので、生体影響も大きくなる。
    • UNSCEAR 2016によるとカナダのCANDU型原発では冷却水に重水を使っているためHTOの排出量が多い。しかも排水を五大湖に流しているので原発近くの湖水はHTO含量が高い。そこに住む魚は他のバックグランド地域の魚に比べてHTO活性は5倍以上あるという。
    • イギリスのBristol海峡河口での調査結果によると海水のトリチウム濃度が 10 Bq/L の地域で採取された海藻、ムール貝、カレイの乾燥重量当たりのトリチウムはそれぞれ $6 \times 10^2$Bq/kg、$2 \times 10^3$Bq/kg、$10^5$Bq/kg と報告されている。
    • 東電福島第一原発サイトから、希釈するとはいえ持続的にHTOを放出し続ければ、近海の海産物に取り込まれる。しかもHTOはセシウムと違い計測が難しく市民が簡単に測れないので大きな不安材料となる。
    • カナダの原子力規制庁から出版された2006年報告によると、原発周辺の土壌、井戸水、野菜、果物、牛乳等はHTO及びOBTの両者に汚染されており、汚染の程度は原発に近いほど高い。1000km以上離れると数 Bq/L であるのに比較して1km地点では数千 Bq/L となる。
    • UNSCEAR 2016にはマヤーク核施設からの距離と住民の尿中トリチウム量が、核施設からの距離と逆相関を示すという調査が紹介されている。
    • このように、汚染源に近い地域はその影響を受けやすい。従って福島県の漁民はまたもや最も損害を受けることになる。
  • 【文献】崎山比早子「汚染水の海洋放出は認められない」 パブリック・コメント「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する書面での意見公募」への提出意見(2020年5月)

(この委員会については、「放射線障害の深刻さに対して消極的・否定的」との見方もあるが、参考用に収録する。)

  • 【文献】UNSCEAR 2016 Report Annex C (p.241 〜 325) : SOURCES, EFFECTS AND RISKS OF IONIZING RADIATION ANNEX C: BIOLOGICAL EFFECTS OF SELECTED INTERNAL EMITTERS—TRITIUM (UNSC on the Effects of Atomic Radiation 2016)
  • 2016年までに公表された349点の論文や報告を検討、トリチウムによる生殖細胞への影響、免疫低下、発がん性などについて、動物実験、疫学的調査を含む多数の研究結果を紹介。
  • 職業人と公衆へのトリチウムの放射線毒性について2006年〜2010年の間に関心が高まり、カナダ、フランス、イギリスを含む多くの国々で広範な再調査とデータ分析が行われた。
  • トリチウムによる人体への影響については、1950年代から1960年代における米ソ英仏などの核兵器実験で大量のトリチウムが環境に放出されたので、これがノイズとなり、特定の事故などによるトリチウム放出がどれだけ寄与しているかの判別は難しい。
  • 哺乳類に対するトリチウムのベータ線放射によるRBE(Relative Biological Effectiveness: 生物学的効果比)を調べた約50の実験結果によると、ガンマ線を1とするとトリチウムのRBE中央値は2−2.5付近にある。また線量が低いほどRBEが高くなる一般的傾向がある。
  • カナダのオンタリオ州にある重水減速型CANDU炉ではトリチウムを環境中に多く排出している。空気中のHTO濃度は、バックグランド地域では 0.01〜0.08 Bq/$\text{m}^3$、原発近くでは 0.05〜31 Bq/$\text{m}^3$。湖への排水口近くで捕えた魚のHTO濃度は 50 Bq/L、バックグランド地域の魚は 9 Bq/L 以下であった。
  • 2008年、マヤーク核施設(ロシア)近傍にある5つの町の住民45人の尿中のトリチウム濃度の調査では、100〜800 Bq/L の範囲にある平均濃度値は、施設からの距離に反比例するという相関性があった。
  • 特定の核施設周辺の小児白血病の過剰な発生率は施設からのトリチウム放出によるものであろうとする提唱については、implausible(訳例:もっともらしくない)。1960年代初期に大気中核実験により環境に大量のトリチウムが放出されたが、トリチウムのフォールアウトによる被ばくを受けたことによる小児白血病リスクが著しく過小評価されているとの証拠はない。(採録者注記:本項については、小児のトリチウム被ばく線量について核施設周辺での値と核実験によるフォールアウトによる値など検証についての具体的な記述がされておらず、科学的説得力を欠いている。)
Q2:人体への悪影響を指摘する意見と根拠は?
  • トリチウム水は普通の水と同様、口や呼吸、皮膚を通じて体内に入り、細胞中で様々な合成・代謝反応に関与し、水素と同様に蛋白質や遺伝子DNAの構成成分になる。体内の有機物に取り込まれたトリチウムは「有機結合性トリチウム:OBT(Organic Bound Tritium)」と呼ばれ、その分子が分解されるまで細胞内に長期間とどまり、ベータ線を出し続けて内部被曝をもたらす。放射線生物学者ロザリー・バーテルによれば、DNAの一部になった有機結合性トリチウムの体内残留期間は少なくとも15年以上とのことで、体内に入っても短期間に排出されるというのは間違いである。しかも、その間、ベータ線による内部被曝が続く。さらにDNAに取り込まれた有機結合性トリチウムは、放射線被曝とは全く異なる仕組みでDNAをも破壊する。トリチウムはベータ線を出して崩壊するとヘリウムに変形する。ヘリウムは安定元素で他の元素と化学結合できないため、トリチウムがヘリウムに変わった途端DNAとの結合が切れてしまう。その結果、DNAを構成している炭素や酸素、リンなどのトリチウムと結合していた元素が不安定になりDNAが壊れる。これは放射線被曝とは全く異なるDNA分子の破壊である。
  • トリチウムの生物への影響については多くの研究がある。
    • 人間のリンパ球の培養実験では、DNAの構成要素のひとつチミジンの水素をトリチウムで置き換えると、トリチウム濃度が 37 Bq/ml くらいから染色体異常が始まり、19万 Bq/ml では100%の染色体が破壊される。
    • ローレンス・リバモア国立核研究所(米)による長期間のトリチウム投与実験では、雌のリスザルに妊娠から出産までトリチウム水を飲ませると、生まれた子どもの雌の卵巣には卵細胞が殆どなかった。
  • 現場被害の報告
    • イギリスのセヴァーン河口(ヒンクレーポイントとバークレイ・オルドベリ原発からの排水にトリチウム、ニコムド・アマーシャム放射化学実験所からの排水に様々な有機物が含まれている):海水のトリチウム濃度は 10 Bq/ml。海底の表層土壌には 600 Bq/g、海藻には 2000 Bq/g(いずれも乾燥重量当たり)のトリチウムが含まれ、その殆どは有機結合性トリチウムであった。(2010年の論文)
    • カナダのオンタリオ湖周辺(CANDU型原発8基あり):周辺地域で出産異常や流死産、ダウン症候群の増加、新生児の心臓疾患や中枢神経の異常の増加(1978〜1985年、シエラ・クラブ・カナダの論文)。新生児に影響が大きい理由は、トリチウム水が母親の胎盤を透過して胎児のDNAに入り込み、盛んに分裂しつつある胎児のDNAを破壊するから。
  • 【文献】
    • a-1. 河田昌東:「DNAに取り込まれるトリチウム その健康影響」 DAYS JAPAN 2018年11月号、pp.16-17
    • a-2. 河田昌東「福島原発のトリチウム—何が問題か」 WEB記事レイバーネット掲載(2021年4月12日)
  • 体内摂取による内部被ばくが懸念される。トリチウム水として人体に取り込まれた場合、その一部が細胞核の中まで入り込んで、DNA(遺伝子)を構成する水素と置きかわる可能性がある。その場合には、トリチウムが放出する、エネルギーが低く飛ぶ距離が短いベータ線が、遺伝子を傷つけるのに非常に効果的に作用し、ガンマ線よりも危険性が高いとみるべきではないかと指摘する研究もある。ベータ線の生物学的効果比(ガンマ線に対する相対的危険度)を1.5〜5にすべきとの指摘もある。
  • 有機トリチウムとしてふるまう場合にはもっと重大だと考えられている。トリチウムが有機化合物の中に入った形になると、人体にも吸収されやすく、細胞核の中にも入り込みやすくなり、長期間にわたりとどまると考えられる。
  • カナダのCANDU炉が集中立地する地域の周辺で、子どもたちに異常が起きていることが1988年に市民グループによって明らかにされた。これを受けてカナダ原子力委員会がまとめた1991年の報告書(AECD報告 INFO-0401 と INFO-0300-2)では、結論こそちがうが、データとして遺伝障害、新生児死亡、小児白血病の増加が認められる。
  • 【文献】上澤千尋「福島第一原発のトリチウム汚染水」『科学』Vol.83 No.5(2013)、pp.505〜507
  • トリチウムの被曝の形態は、低線量・低線量率の内部被ばくが想定されるが、経口・吸入・皮膚吸収により体内に取り込まれたトリチウム水は、全身均一に分布することから影響は小さくないと考えられる。さらに有機結合型トリチウムは生体構成分子として体内に蓄積され、長期被ばくを生じるので、トリチウムの化学形の考慮は重要となる。
  • 低レベルのトリチウム暴露によって、事実、人体影響が出るか否かの議論には、客観的な生物影響データの蓄積が必要であり、低線量・低線量率放射線影響の解明のため、高感度検出系トランスジェニックマウスを用いた、突然変異や発がんなど、放射線の確率的影響に関する研究の推進が望まれる。
  • 【文献】馬場敏幸「トリチウムの生体影響評価」『産業医科大学雑誌』Vol.31 No.1(2017年)、pp.25〜30
  • 1990〜92年にカナダのトロント大学に籍を置いていたが、当時は地元のマスコミがオンタリオ湖岸のピッカリング原子力発電所による環境汚染問題を取り上げていた。発電所周辺の子供に遺伝障害や新生児死亡、小児白血病の増加が認められるというものである。液体状のトリチウムでは、2001〜05年まで毎年260〜427兆Bq程度であったと報告されている。
  • 【文献】丸茂克美「原発事故に起因して放出されるトリチウムのリスク評価」『産業と環境』2015年4月号、pp.61〜64
  • トリチウムの生体濃縮が指摘されているレポート:
    • 武田洋「生体内でのトリチウムは体液あるいは組織水として存在する以外に、その一部が同位体である生体内有機成分中の水素と交換し同化・固定され、有機物として存在することが知られている。従って、他の生物を糧として生きている動物(人を含む)は、トリチウム汚染した環境から水の形のみでなく、有機物の形でトリチウムを摂取することになる。」(特別研究「核融合炉開発に伴うトリチウムの生物学的影響に関する調査研究」報告書、放射線医学総合研究所、1987年12月)
    • Turner A. Millward G.E, Stemp M, ”Distribution of tritium in estuarine waters: the role of organic matter”, Journal of Environmental Radioactivity, 100(10), Oct.2009, pp.890-895
    • 英国政府のRIFEレポート(2002)にも、$^3\text{H}$濃度は環境中よりも生物中の方が高い測定結果を示している(ただし、程度は低い)。
    • トリチウム水の植物プランクトンやムール貝(ヨーロッパイガイ)への生物濃縮:”Bioaccumulation of tritiated water in phytoplankton and trophic transfer of organically bound tritium to the blue mussel, Mytilus edulis”
  • ドイツ政府の実施したKiKK報告書
    • 原子力施設周辺の子供達の白血病が有意に増加していることを疫学的に示した。その原因は特定されなかったが、Ian Fairlieが「仮説」としながら、原因がトリチウム放出に在ることを問題提起した。(定期検査で原子炉を開放したときに、スパイク状にトリチウムが放出されることに原因を求めた)
    • Ian Fairlie, “A hypothesis to explain childhood cancers near nuclear power plants”, Journal of Environmental Radioactivity, Vol. 133, July 2014, pp.10-17
  • 【文献】伴英幸「トリチウムの危険性」FoE Japan オンライン国際セミナー資料(2020年5月3日)
  • トリチウムの生体影響について2020年2月に発表されたALPS小委員会の「報告」ではトリチウムの生体影響が以下の1〜4に述べるように正しく評価されていない。
    1. 「報告」p.16に「・・・100mSvを下回ると統計的に有意な増加は見られなくなる(自然発生頻度の変動の範囲内となる)」とあるが、これは明らかに間違いである。2012年以後、数ミリシーベルトでも小児白血病その他の悪性腫瘍の増加を示す論文が多数発表されており、NCRPコメンタリー27等でも評価されている。ICRPもNCRPも放射線防護のためには「LNTモデルよりも実用的で賢明なモデルは他に存在しない」としている。これに則って考えれば被ばくは少なければ少ないほどよいので、現在管理下にある汚染水中の放射能を故意に環境に放出して被ばくの機会を増加させることは許されない。
    2. p.16で「DNAには普段から様々な原因で損傷が入っていて、その大半は速やかに修復されている。」と述べているが、放射線による損傷と自然発生する損傷では質が異なる。放射線による損傷は複雑損傷が多く、誤修復が起きやすい。従ってそれが発がんの原因になり得る。発がん要因の中で放射線ほどよく研究されているものはなく、その成果がLNTモデルなのである。
    3. トリチウムの生物学的効果比(RBE):「トリチウムが他の放射線や核種と比べて特別に生体影響が大きいという事実は認められていない」と述べているが、これは正しくない。UNSCEAR 2016ではHTO(トリチウム水)のRBEを調べた48報の論文をまとめており、$\gamma$線を1とするとHTOのRBEは2−2.5と述べている。また線量が低いほどRBEが高くなる傾向があるとも述べている。2016年に青森で行われた環境科学研究所とICRPの合同シンポジウムでICRPのReal A氏が発表したデータによると、多くの実験でRBEは2〜3であることを示しており、1を示すものはほとんどない。「報告書」はHTOのRBEを1としているので、危険性を1/2〜1/3に見積もっていることになる。これらの事実は、仮に海洋放出をするとしたら、現在の希釈倍数よりも2倍〜3倍多く希釈しなければならないことを示しているので80年〜120年かかることになり陸上保管で放射能が1/1000に減衰する期間とそれ程変わらなくなる。
    4. 有機結合型トリチウム(OBT)の危険性:HTOは皮膚、呼吸、飲料水、食物などから体内に取り込まれ血液に移行し、容易に有機結合型トリチウムOBT1(交換可能なOBT)あるいはOBT2(交換不能なOBT)に変換される。HTOの体内半減期は10日と言われているが、OBT1とOBT2のそれは、それぞれ30〜40日と140〜550日と報告されており、OBTのRBEはHTOの4〜5倍となる(ALPS小委員会の「報告書」では2〜5倍)。トリチウムの生体影響を総合して考えると$\gamma$線と同等とする計算は著しい過小評価となる。
  • トリチウムはDNAに蓄積される
    • 放射線による損傷の内、生体にとって最も深刻なのはDNA損傷である。トリチウムがDNAに取り込まれ、それが長く存在し続ければその影響は大きい。DNAの中に取り込まれたトリチウムはタンパク質、炭水化物、脂肪などに入ったものとは異なり代謝によって減衰せず、DNAの中に長くとどまっている。しかもDNAの半減期は長く、マウスの肝細胞、脳細胞ではそれぞれ約1年、約2年(マウスの寿命は約3年)とする報告がある。最も危険に晒されるのは分裂するときにHTOに曝露され、その後長く生きる細胞、例えば胎児の神経細胞や卵子である。卵子DNAに取り込まれたトリチウムは次世代にも引き継がれてゆく可能性がある。トリチウムの$\beta$線の飛程距離は0.5〜0.7$\mu\text{m}$と短いにしても、DNA中に存在すればDNA損傷は容易に起きる。
  • トリチウムの生体影響の報告
    • ALPS小委員会報告ではUNSCEAR 2016年報告のまとめとして「ヒトの健康に対するトリチウム被ばくの確率的影響に関する疫学的証拠は存在しない」としているが、これは以下に挙げるように正しくない。人、特に胎児や子どもに対する健康影響を過小評価ないしは無視してALPS汚染水を環境放出することは許されるものではない。
    • カナダのCANDU型原子炉はトリチウムを環境中に多く排出し、その周辺に小児白血病や先天性異常が増加しているという報告は2016年のUNSCEARにもとりあげられている。特にPickering原発のHTO放出は多く、原発から25km以内で先天異常、死産、新生児死亡率の増加が報告されている。
    • ドイツのKKiK調査(2008年)では原発から5km以内の5才未満の子どもの白血病やがんがそれ以遠の地域におけるよりも増加していると報告されている。その原因は原発から排出されるHTOや $^{14}\text{C}$のためと考えられている。2018年にはトリチウム被ばくした核施設労働者の染色体異常が、被ばくのない労働者に比較して約3倍多いという報告がされている。
  • ALPS処理水の海洋放出による海産物の汚染
    • ALPS処理水を海洋放出することによって最も汚染が心配されるのは海産物である。HTOで汚染された海水中で育った海産物中にはOBTが蓄積される。OBTはHTOよりも摂取したときに生体内のタンパク質やDNAに取り込まれやすく排出されにくいので、生体影響も大きくなる。
    • UNSCEAR 2016によるとカナダのCANDU型原発では冷却水に重水を使っているためHTOの排出量が多い。しかも排水を五大湖に流しているので原発近くの湖水はHTO含量が高い。そこに住む魚は他のバックグランド地域の魚に比べてHTO活性は5倍以上あるという。
    • イギリスのBristol海峡河口での調査結果によると海水のトリチウム濃度が 10 Bq/L の地域で採取された海藻、ムール貝、カレイの乾燥重量当たりのトリチウムはそれぞれ $6 \times 10^2$Bq/kg、$2 \times 10^3$Bq/kg、$10^5$Bq/kg と報告されている。
    • 東電福島第一原発サイトから、希釈するとはいえ持続的にHTOを放出し続ければ、近海の海産物に取り込まれる。しかもHTOはセシウムと違い計測が難しく市民が簡単に測れないので大きな不安材料となる。
    • カナダの原子力規制庁から出版された2006年報告によると、原発周辺の土壌、井戸水、野菜、果物、牛乳等はHTO及びOBTの両者に汚染されており、汚染の程度は原発に近いほど高い。1000km以上離れると数 Bq/L であるのに比較して1km地点では数千 Bq/L となる。
    • UNSCEAR 2016にはマヤーク核施設からの距離と住民の尿中トリチウム量が、核施設からの距離と逆相関を示すという調査が紹介されている。
    • このように、汚染源に近い地域はその影響を受けやすい。従って福島県の漁民はまたもや最も損害を受けることになる。
  • 【文献】崎山比早子「汚染水の海洋放出は認められない」 パブリック・コメント「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する書面での意見公募」への提出意見(2020年5月)

(この委員会については、「放射線障害の深刻さに対して消極的・否定的」との見方もあるが、参考用に収録する。)

  • 【文献】UNSCEAR 2016 Report Annex C (p.241 〜 325) : SOURCES, EFFECTS AND RISKS OF IONIZING RADIATION ANNEX C: BIOLOGICAL EFFECTS OF SELECTED INTERNAL EMITTERS—TRITIUM (UNSC on the Effects of Atomic Radiation 2016)
  • 2016年までに公表された349点の論文や報告を検討、トリチウムによる生殖細胞への影響、免疫低下、発がん性などについて、動物実験、疫学的調査を含む多数の研究結果を紹介。
  • 職業人と公衆へのトリチウムの放射線毒性について2006年〜2010年の間に関心が高まり、カナダ、フランス、イギリスを含む多くの国々で広範な再調査とデータ分析が行われた。
  • トリチウムによる人体への影響については、1950年代から1960年代における米ソ英仏などの核兵器実験で大量のトリチウムが環境に放出されたので、これがノイズとなり、特定の事故などによるトリチウム放出がどれだけ寄与しているかの判別は難しい。
  • 哺乳類に対するトリチウムのベータ線放射によるRBE(Relative Biological Effectiveness: 生物学的効果比)を調べた約50の実験結果によると、ガンマ線を1とするとトリチウムのRBE中央値は2−2.5付近にある。また線量が低いほどRBEが高くなる一般的傾向がある。
  • カナダのオンタリオ州にある重水減速型CANDU炉ではトリチウムを環境中に多く排出している。空気中のHTO濃度は、バックグランド地域では 0.01〜0.08 Bq/$\text{m}^3$、原発近くでは 0.05〜31 Bq/$\text{m}^3$。湖への排水口近くで捕えた魚のHTO濃度は 50 Bq/L、バックグランド地域の魚は 9 Bq/L 以下であった。
  • 2008年、マヤーク核施設(ロシア)近傍にある5つの町の住民45人の尿中のトリチウム濃度の調査では、100〜800 Bq/L の範囲にある平均濃度値は、施設からの距離に反比例するという相関性があった。
  • 特定の核施設周辺の小児白血病の過剰な発生率は施設からのトリチウム放出によるものであろうとする提唱については、implausible(訳例:もっともらしくない)。1960年代初期に大気中核実験により環境に大量のトリチウムが放出されたが、トリチウムのフォールアウトによる被ばくを受けたことによる小児白血病リスクが著しく過小評価されているとの証拠はない。(採録者注記:本項については、小児のトリチウム被ばく線量について核施設周辺での値と核実験によるフォールアウトによる値など検証についての具体的な記述がされておらず、科学的説得力を欠いている。)
Q3:人体への健康影響についてよくある無害論とそれへの反論は?
——01:トリチウムは人体内では水と同じ挙動を示すので、体内に留まることはなく、一定期間内に排出されるのではないか?

トリチウム水の一部は細胞内に取り込まれて固定される。トリチウムはベータ線を放射して染色体を攻撃する。それはきわめて強い悪影響を及ぼす。

生体内でのトリチウムは水として存在する以外に、その一部が生体内有機成分中の水素と置き換わることが知られている。従って、他の生物を糧として生きている動物(人を含む)は水の形のみでなく、有機物の形でトリチウムを摂取することになる。その体内存在期間は長く(200〜500日との評価例もある)、体内濃縮するとともに内部被曝によりDNAが破壊されるリスクがある。

Q3:人体への健康影響についてよくある無害論とそれへの反論は?
——02:DNAは必ず修復されるのではないか?Q3:人体への健康影響についてよくある無害論とそれへの反論は?
  1. トリチウムは崩壊するとヘリウムが発生して、DNAの部分切断がおきる。
  2. 崩壊時に局所的に放出されるエネルギーにより、DNA切断がおきる可能性がある。

実験研究によれば、1崩壊でDNA 2.1カ所を切断。2本鎖切断の可能性もあり、常に正しく修復されるとはいえない。

  • 【文献】伴英幸「トリチウムの危険性」FoE Japan オンライン国際セミナー資料(2020年5月3日)
Q4:飲料水についての各国の規制基準は?
  • WHO:10,000 Bq/L
  • カナダ:7,000 Bq/L(Ontario Drinking Water Advisory Councilの勧告は 20 Bq/L)
  • 米国:740 Bq/L
  • EU:100 Bq/L
  • 日本は基準を定めていない。

【文献】「トリチウムを含む水の規制値は?」『福島レポート』

Q5:各国の環境へのトリチウム放出基準は?
  • 日本:Q4のとおり飲用水基準はないが、環境放出には以下を定めている。
    • 周辺監視区域外の水中の濃度限度:60,000 Bq/L(トリチウムのみ排出の場合の通産省告示)
    • 福島第一原発地下水バイパスならびにサブドレン水排出にあたっての運用目標値:1,500 Bq/L
  1. まず、敷地境界における追加線量を1 mSv/年未満と設定し、液体廃棄物に割り当てられた線量(経口摂取による被ばく)は現場環境より約2割と割り当てた(その他は直接線・スカイシャインと気体起因による線量)。続いて、以下のように告示濃度比との総和が約0.2となるよう各核種の運用目標値を設定した。
  2. 1/60(Cs134) +1/90(Cs137)+5/30(Sr90)+1,500/60,000(トリチウム)=0.219
  3. すなわち、この水を1年間、経口摂取し続けた場合の内部被ばく線量が 0.219 mSv/年に相当する。
  • アメリカ合衆国:37,000 Bq/L

【文献】

  1. 実用炉規則の規定に基づく線量限度を定める経産省告示
  2. 経産省多核種除去設備等処理水の取り扱いに関する小委員会(第2回)資料5:東電「地下水バイパスの運用目標(排水の規準)について」(2016.12.1)https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku/committtee/takakusyu/pdf/002_05_00.pdf

    § 3 海外の放出事例

    Q1:海外の放出事例は?
    • アメリカ:スリーマイル島事故炉
      約2.43E+13Bqのトリチウム(8,700m3)を大気中へ水蒸気放出によって処分した。
    • フランス:ラ・アーグ再処理工場年間、液体のトリチウム放出量は約 1.2E+16Bq、気体のトリチウム約 7.0E+13Bq
    • イギリス:カラム核融合エネルギーセンター重水素とトリチウムを燃料とするEUの核融合実験炉(JET)では、高濃度のトリチウムを含む冷却水等から、電気分解、深冷分離などによってトリチウムを回収する施設を構築している。
      【文献】「トリチウム水タスクフォース報告書」トリチウム水タスクフォース、2016年6月、pp.6-7
      https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku/committtee/osensuisyori/2016/pdf/0927_01k.pdf

    § 4 国内の施設ごとの運転時年間放出管理目標値と放出実績

    Q1:福島第一原発:管理目標値/放出実績は?
    • 管理目標値:$22 \times 10^{12}$Bq(福島第一原発の炉心溶融事故以前の保安規定)
    • 放射性液体廃棄物中のトリチウムの年度別放出実績(単位:Bq)

    〇放射性液体廃棄物中のトリチウムの年度別放出実績(単位:Bq)

    年度 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009
    放出量 7.8E+11 1.4E+12 1.0E+12 1.3E+12 2.6E+12 1.4E+12 1.6E+12 2.0E+12

    ここで、数値表記 7.8E+11 は 7.8×1011 を表す。

    【文献】

    1. 木野龍逸、科学、2020年1月号
    2. 原子力安全基盤機構「原子力施設運転管理年報」平成24年版(平成23年度実績)
    3. 第15回汚染水小委員会(2019.11.18)の配布資料
    Q2:六ヶ所再処理施設:管理目標値/放出実績は?

    放射性液体廃棄物中のトリチウム放出量(単位:ベクレル)

    • 管理目標値:$1.8 \times 10^{16}$/ 2011年度放出量:$9.0 \times 10^{11}$
    • (付記)2006〜2008年度のアクティブ試験期間中には、次の通り上記を上回る大量放出があった。
    年度200620072008
    放出量 4.9E+14 1.3E+15306E+14

    なお、管理目標値は、規制値でも基準値でもなく、この程度には収めたいという事業者の「期待値」であり、トリチウム放出に関わる安全性を保証するものではない。

    • 【文献】
      • 原子力安全基盤機構「原子力施設運転管理年報」平成24年版(平成23年度実績)、平成19年版(平成18年度実績)、平成20年版(平成19年度実績)、平成21年版(平成20年度実績)
      • 澤井正子:「核燃料サイクルの本当の話をしよう」科学 2014年5月号、526頁
    Q3:カナダの原発 CANDU炉:トリチウム液体(HTO)排出量は?

    2001〜2005年のデータより:

    • ブルース原発 A+B  :年間 163~860E+12Bq、年平均値 490E+12Bq
    • ピッカリング原発 A+B:年間 $258 \sim 427 \times 10^{12}$Bq、年平均値 $303 \times 10^{12}$Bq
      (ダーリントン、ジェンテイリー2、ポイント・ルブロー各原発については省略)
      【文献】”Tritium Hazard Report: Pollution and Radiation Risk from Canadian Nuclear Facilities”, Ian Fairlie, Canadian Greenpeace, 2007, June

    Q3:カナダの原発 CANDU炉:トリチウム液体(HTO)排出量は?

    A:2001〜2005年のデータより:

    • ブルース原発 A+B:年間 $163 \sim 860 \times 10^{12}$Bq、年平均値 $490 \times 10^{12}$Bq
    • ピッカリング原発 A+B:年間 $258 \sim 427 \times 10^{12}$Bq、年平均値 $303 \times 10^{12}$Bq
    • (ダーリントン、ジェンテイリー2、ポイント・ルブロー各原発については省略)
    • 【文献】”Tritium Hazard Report: Pollution and Radiation Risk from Canadian Nuclear Facilities”, Ian Fairlie, Canadian Greenpeace, 2007, June

    § 5 政府の海洋放出計画

    Q1:年間放出量と期間の想定は?

    A:2020年から22兆Bq/年の割合で海洋放出すると、完了までに32年を要するという。

    • 【文献】「多核種除去設備等処理水の貯蔵・処分のケーススタディ」第16回多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会:資料3、東京電力、2019年12月23日、p.4

    Q2:放出濃度は?

    A:汲み上げ井戸相当の 1,500 Bq/L

    Q3:放出濃度に関する政府の言説:「許容濃度の40倍(1,500 Bq/L)に薄めて放出する」については?

    • Aa:「1,500 Bq/Lは、トリチウム以外の放射性核種も含む汚染水について設定された基準値であり、トリチウムのみの排水についての濃度限度と比較することは理にかなっていない」
    • Ab:「日本の許容濃度が60,000 Bqは、世界の基準と比べて1〜2桁大きい」「1,500 Bq/Lは、アメリカやEUの基準よりも高い」(§ 2-Q5)

    Q4:「風評被害」という言説:「“被害”は根拠のない恐れだ」という政府の主張については?

    A:「被害を定量的に測定できないという事実は、被害がないということを意味しない。分からないから無いと理解するのではなく、分からないから警戒するという判断が正常である」

    § 6 陸上保管案について

    Q1:大型タンクの大きさと建設コストは?

    A:容量は10万$\text{m}^3$/基、設置コストは、80万$\text{m}^3$の場合、原子力市民委員会原子力規制部会の試算で160-240億円。なお、デブリ冷却方法を空冷システムに切り替えて、汚染水を現在量以上に増加させないことが望ましい。

    Q2:コンクリート固化方式の形状と建設コストは?

    A:円形コンクリートまたは矩形コンクリートを考えている。建設コストは、処理量80万$\text{m}^3$の地下埋設で約1,624億円とタスクフォース報告書では示されているが、半地下の設置にすることで、コストを圧縮する余地があると考えられる。

    • 【文献】タスクフォース報告書

    Q3:コンクリート固化に伴う水和熱の発生について「水和熱で水が蒸発してトリチウム汚染が広がる」という政府説明は正しいか?

    A:モルタルが固まる際に発生する水和熱による昇温が一定期間続く。ただし、以下の方策により昇温ならびにトリチウムの大気への放出量は大幅に抑制することが出来る。

    1. モルタル投入を複数回に分けて実施することで一回あたりの発熱量を抑える(米国サバンナリバーの例よりもさらに小刻みに行う)。
    2. 水和熱抑制剤の添加。
    3. タンクのベント(大気放出管)に可搬型の凝縮器を設置することで、排気中の水分を凝縮させてタンクに戻すことができる。

    トリチウムの大気への微量の漏えいを大量投棄による海洋汚染と同一レベルで喧伝する政府の虚言に騙されてはならない。

    § 7 トリチウムの分離技術

    Q1:実用上利用できる技術はあるか?

    • Aa:政府のタスクフォースチームの報告書によると、KURIONやRosRAOなどに開発実験を依頼したが、実用化できる段階の技術は確認できなかった、と述べている。いずれの技術もわずかな物性の違いを利用して多段処理を重ねる方式に頼らざるを得ず、装置としては大規模なものが必要と考えられる。現状では、大規模に処理する設備の実績はない。
    • Ab:河田昌東はタスクフォースの開発に向けた消極姿勢を批判し、開発を推進して濃縮し、濃縮した少量のトリチウムを長期保管するように計画すべきであると提唱している。
    • 開発事例紹介
      • 物理的性質を利用したトリチウム水の処理
        1. 沸点の違いを利用した技術:GE Hitachi Nuclear Energy Canada Inc. 2014年9月23-25日
        2. 融点の違いを利用した技術:Boris J. Muchnik (Nuclear Solutions Inc. US)
        3. トリチウムイオンの吸着効果を利用した分離:古谷仲英樹ら(京都大学)
        4. 多孔質フィルターへの吸着効果を利用した技術:井原竜彦ら(近畿大学)と東洋アルミニウム
        5. トリチウムと水素の質量の違いを利用した技術:KURION
      • 電気分解と同位体交換法の組み合わせ:ロスアトム(ロシア)2014年
      • イオン交換樹脂を使った処理技術:東京工業大学 2016年
      • シリカゲル樹脂を使った技術:九州大学 2004年
      • 電気泳動を利用した処理医術:オークリッジ国立研究所 1980年
    • 【文献】河田昌東 原発ゼロの会向け資料 2021年5月13日

    § 8 トリチウム海洋放出についてのその他の議論

    Q1:国連の人権専門家が発した勧告とは?

    A:国連の人権専門家は、福島第一原子力発電所に現在も残る汚染水は、環境と人権に大きな危険を及ぼすものであり、汚染水を太平洋に放出するという決定はいかなるものであっても容認できる解決策ではないと述べた。その要点は次の通り(ジュネーブにて、2021年3月11日)。

    • 「汚染水がもたらす危険性やその処理の影響の説明が不透明であることや、関連する意思決定プロセスに市民が参加していないことが、原発事故の被害を受けた人々の不安感を煽っている。現在提案中の汚染水の処理方法に関する協議は、地域社会や市民団体の有意義な参加に欠けている。」
    • 「日本政府当局に対し、国際人権法上の義務に則って、危険を防止し、子どもを含む被災者を放射線被ばくの悪影響から守るための努力を強化することを求める。」
    • [今回の声明を発表した国連人権専門家一同:マルコ・A・オレラナ(Marco A. Orellana)有害廃棄物特別報告者、マイケル・ファクリ(Michael Fakhri)食糧の権利特別報告者、セシリア・ヒメネズ・ダマリ(Cecilia Jimenez-Damary)国内避難民の人権特別報告者、トラレング・モフォケング(Tlaleng Mofokeng)健康の権利特別報告者、ペドロ・アロホ・アグド(Pedro Arrojo-Agudo)水と衛生の権利特別報告者]
    • 【文献】国連人権高等弁務官事務所ホームページ「日本は福島原発事故による人権問題の解決に向けた取り組みを強化すべき」国連の専門家が勧告(日本語仮訳版)
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