「声明1:原子力規制委員会の存在意義が問われている」「声明2:原子力規制委員会が審査書を決定しても原発の安全性は保証されない」

原子力市民委員会は2014年9月30日、福島原発事故の教訓を踏まえて原子力規制委員会のあり方を問い、川内原発の新規制基準への適合性審査によっても原発の安全性は保証されないとして、再稼働の問題点を指摘する2つの声明を発表しました。

※本ページには、原子力市民委員会が2014年9月30日に発表した2つの声明と、その別紙資料を全文掲載しています。本文中の制度、原発の稼働・審査状況、避難者数等は、公表当時の情報に基づいています。(加筆・関連記事等2026/08/24)

2つの声明について

2014年9月30日
原子力市民委員会
声明1:PDF pdficon_s
声明2:PDF pdficon_s

先般、9月10日に、原子力規制委員会は、九州電力川内原子力発電所1・2号機について、新規制基準への適合性審査に「合格」とする審査書を決定した。また、原子力規制委員会そのものが9月19日に発足から2年を迎えている。これに際し、私たち原子力市民委員会は30日、別紙のとおり、2つの声明を発表し、あらためて川内原発の再稼働が容認できない理由を明確に示し、また、原子力規制委員会に対しては、その果たすべき本来の役割に立ち返るために根本から立て直すことが必要不可欠であることを示すこととした。

この2つの声明は互いに密接な関係にあるが、前者が原子力規制委員会という組織そのものの抱える全般的な機能障害を主題としているのに対し、後者は原子力規制委員会の今までの活動のひとつの集大成とも言える新規制基準への適合性審査に焦点を絞っている。両者を併せ読まれることによって、なぜ川内原発の再稼働を認めることが賢明ではないのかについて、深く理解していただけるものと信ずる。

「声明1:原子力規制委員会の存在意義が問われている」pdficon_sにおいては、再度、福島原発事故の教訓を以下の7点に整理した。

  1. 原発過酷事故が現実に発生し、取り返しのつかない被害をもたらしていること
  2. 福島第一原発が、原子炉の配置や施設の立地にも問題を抱えていたこと
  3. 事故に際して指揮管制通信システムが、深刻な機能障害を起こしたこと
  4. 現地本部が事故対策において無力だったこと
  5. 原発周辺地域における防災・減災システムが役に立たなかったこと
  6. 事故収束・事故被害修復が難航していること
  7. 3年半が経過した現在においても、事故原因について解明できていないこと

これに照らして、原子力規制委員会のこの2年間の動きが、いかに福島原発事故の教訓を無視したものとなっているかを論証した。

「声明2:原子力規制委員会が審査書を決定しても原発の安全性は保証されない」pdficon_sにおいては、新規制基準の根本的な「歪み」を具体的に示した。今回の川内原発の審査書決定は、安全の保証が出来ない原発に規制基準をクリアさせてしまうためのほとんど「詐術」といえる不適切な技法を組み合わせたものに過ぎないというのが私たちの結論である。
なお、声明には、別紙1として、声明2に関する詳細説明、別紙2として、川内原発の避難計画等の緊急時対応に関する原子力防災会議の「確認」の問題性についての解説を添付したので、あわせてご覧いただきたい。

 2つの声明について納得できない論点、わかりにくい論点があれば、ぜひ原子力市民委員会宛にコメントを寄せていただきたい。私たちはそれに誠実に回答することにより、読者との対話のきっかけとするとともに、貴重なアドバイスとして受け止め、今後の活動に役立てていきたい。

もくじ

声明1:原子力規制委員会の存在意義が問われている

声明1:PDF pdficon_s

2014年9月30日

原子力市民委員会
 座長   吉岡 斉
 座長代理 大島堅一 島薗 進 満田夏花
 委員   荒木田岳 井野博満 大沼淳一
      海渡雄一 後藤政志 筒井哲郎
      武藤類子

はじめに

2012年9月19日に発足した原子力規制委員会は満2周年を迎えた。

原子力規制委員会は、従来の原子力安全行政の2つの欠陥、つまり原子力安全行政が一元化されていない状態、ならびに推進行政と規制行政が独立していない状態をともに解消し、推進行政から独立して一元的に原子力安全確保を司る機関として設置された。その目的は原子力事故の発生防止のために最善の施策を策定・実施することである。

とりわけ原子力に係わる過酷事故を決して起こさず、万が一それが起きた場合でも国民の生命・健康などの人格権を侵害しない範囲に被害を押さえ込むことが、原子力規制委員会の存在意義であると言ってよい。

たしかに経済産業省の中に原子力安全・保安院が置かれていた福島原発事故前の状態と比べると、原子力利用推進官庁との分離独立が実現したことは一歩前進である。だが今まで2年間の活動実績を吟味してみると、原子力規制委員会はそうした使命を果たすに足る活動を展開してきたとは言い難い。このような期待外れの状態を続けたのでは、原子力規制委員会は国民の失望を買い、それによってますます機能を低下させ、存在意義そのものが失われていく恐れがある。国民の力強いサポートがあってこそ、原子力規制委員会は原子力安全確保に関して政府や原子力事業者と対峙し、厳しい姿勢を貫くことができるからである。

私たち原子力市民委員会は、原子力規制委員会の解体ではなく、本来の役割を果たすように根本から建て直すことを強く希求するものである。そのために何が必要であるかについて、原子力規制委員会に対してだけでなく、原子力安全確保に切実な関心をもつ全ての方々に意見を広く伝えるために、原子力規制委員会発足2周年と、九州電力川内原子力発電所1・2号機が新規制基準への適合性審査に「合格」とされ(9月10日)、再稼働への準備が大詰めを迎えている時機をとらえて、この声明を発表することとした。

1.福島原発事故の7つの教訓

2011年3月11日に発生した福島原発事故は、今もなお収束していない。原子炉施設からの放射性物質(以下、放射能と記す)の拡散は、汚染水問題に象徴されるように止まる見通しさえついていない。のみならず広範囲に飛散した放射能の生活環境からの隔離も遅々として進んでおらず、暫定的に隔離した放射能の再拡散さえも始まっている。
福島原発事故の教訓は数々あるが、とくに重要なのは以下7点である。

第1の教訓は、1986年のチェルノブイリ原発事故に匹敵する史上最悪の原発過酷事故が、日本において現実に発生してしまい、取り返しのつかない甚大な被害をもたらしていることである。汚染地域からの避難者は3年半が経過した現在もなお12万人をこえる。被害の完全修復は数百年の歳月をかけても不可能だろう。今後数十年の間に被害修復に要する費用は数十兆円に達するかもしれない。一言でいえば大型原子炉そのものが、他の技術システムと比べて異次元の破壊力を発揮したのである。そのようなものを今後存続させてよいのかどうか、真摯に問われなければならない。

第2の教訓は、福島第一原発が、他の原子炉と比べても安全性の劣る原子炉を多数抱えており、また原子炉の配置状況や、原子炉施設の立地場所にも問題を抱えていたことである。より具体的には次の6つの安全上の弱点があった。

  1. 老朽化した旧式の原子炉で、MarkⅠ型の格納容器を備え、また1号機には非常用復水器ICが使われていたこと(2号機以降は隔離時冷却系RCICを使用)。
  2. 1つのサイトに6基もの多数の原子炉を密集設置し、さらに12kmの至近距離に福島第二原発(4基)を設置していたこと。
  3. 地震・津波という自然災害の危険地帯に原子炉を設置していたこと(なお川内原発では火山も大きな危険因子となる)。
  4. 敷地境界と生活圏が近接し(立地審査指針を適用すれば不合格となる)、周辺地域に多数の住民が居住し、また200km圏に人口3000万人をこえる首都圏を控えていたこと。
  5. 住民避難が困難な地域に原子炉を設置していたこと、つまり道路の輸送能力や避難施設の収容能力が絶対的に不足していたこと。
  6. 地下水が大量に湧出する場所に原子炉を設置していたこと。それにより深刻な汚染水問題を引き起こしたこと。

これらの安全上の重要な弱点を解消しなければ、多大な犠牲を代償として獲得された福島原発事故の教訓は生かされない。

第3の教訓は、事故に際して指揮管制通信システムが、崩壊と言ってよいほどの深刻な機能障害を起こしたことである。原子力災害対策特別措置法(原災法)によれば、首相官邸に設置される原子力災害対策本部を中心に、原子力安全・保安院、原子力安全委員会、原子力事業者(福島原発事故の場合は東京電力本店)などが一体となって情報を共有し、対策を進めるべきだった。またサテライトとして原子力災害現地対策本部がオフサイトセンターに置かれ、そこが現地における事故対処作業の指揮をとることが想定されていた。

そして政府の防災組織や自治体の行政組織は住民の生命・健康を守るための効果的な避難・救助等の活動を展開するはずであった。しかしそうした仕組みは麻痺し、実際の指揮管制通信情報システムはカオス状態となった。次の過酷事故が万が一起きたとき、同様の事態を絶対に招かないためには、カオス状態を生み出した原因を精密に分析し、新たなシステムを構築する必要がある。その一要素として政府と東京電力が一体となった「統合対策本部」という仕組みは、有効に機能したと思われるので、これを標準とすることを検討すべきである。また国際的な指揮管制通信支援システムの構築も検討すべきである。

第4の教訓は、現地本部(福島第一原発の対策本部)が事故対策において無力だったことである。現地本部は、原子炉施設の全体としての状況を把握できず、限られた情報にもとづく場当たり的な対処を重ねたものの、事故進展を押さえ込むことができず、1・2・3号機の圧力容器・格納容器双方の破損と、4号機原子炉建屋崩壊という事態を防げなかった。それを支援する外部からのサポートも機能しなかった。なぜそのように現地本部と外部サポートシステムが無力だったか、何がそのボトルネックとなったのかの調査・検証が必要である。その際、隣接する福島第二原発との比較分析も重要である。それによって原子力発電所の安全確保にとって不可欠な現場システムとそれを支援する外部からのサポートシステムの備えるべき条件が何であるかが浮き彫りになるはずである。

第5の教訓は、原発周辺地域における防災・減災システムが役に立たなかったことである。原子力防災計画は都道府県ごとに立てられるが、防災対策を重点的に実施すべき地域EPZ(Emergency Planning Zone)の範囲が、当時は原子炉から約8~10kmと決められていた。EPZは半径50km以上に設定するのが妥当であった。また大都市の近くではさらに大幅に拡大すべきだった。都道府県単位あるいは市町村単位ではなく、避難者の輸送・受入体制も含めて広域的(たとえば関東地方、関西地方などのブロック別)に防災計画を策定し、住民に周知させる必要がある。さらに全国的な原子力防災計画の策定も必要である。その策定・実施の担い手として、アメリカのFEMA(連邦緊急事態管理庁)のような、各府省の上位にたつ防災・減災対策実施組織の構築が必要かもしれない。そうした防災体制のもとで迅速に国民・住民に情報を伝達するシステムの構築が必要であるが、放射線モニタリング・システムやSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム、System for Prediction of Environmental Emergency Dose Information)のデータが住民避難に活用されなかったため、無用の住民被ばくをもたらした。それは技術システムの機能障害だけでなく、住民の行動を管理するために情報を秘匿するという政府の姿勢にも起因する。

第6の教訓は、事故収束・事故被害修復の難航である。福島原発事故において政府および東京電力はそれに成功していない。それは根本的には、原発過酷事故について、事故収束および事故被害修復が本質的に困難であるためである。しかし汚染水対策を早期に進めるなど、もっと効果的な事故収束作業が可能だったのではないか。また福島県民を中心とする被災者の「人間の復興」について、もっと効果的な政策的支援の方策があったのではないか。計り知れない規模の被害が、解消の見込みがないまま半永久的に続いている現状を考えると、万が一原子力過酷事故が再発すれば、現在の政策のままでは再び同じような事態となること必定である。

第7の教訓は、事故発生から3年半が経過した現在においても、私たちは事故原因について、十分解明できていないことである。たとえば地震による原子炉心臓部の破壊・損傷の可能性を否定できていない。また事故進行の過程で原子炉施設のどこがどのように損傷し機能を失っていったかを把握しなければ、原子炉の安全上の弱点を理解することはできない。また消防車による注水などの事故拡大防止対策がどのような効果を発揮したかも未解明である。私たちは「無知の知」を自覚する必要がある。真相究明を軽んじて見切り発車的に規制基準を定めるのは性急にすぎる。絶対に避けるべきは、解体・撤去作業を優先して証拠を破壊することであるが、実際にはそのような状況になっていることが強く懸念される。

2.福島原発事故の教訓を軽視する原子力規制委員会

今まで概観してきたような福島原発事故の教訓を、原子力規制委員会が真摯に受け止めるならば、二度とこのような事態を招かないための政策を企画・立案・決定することに全力を尽くすべきである。だが原子力規制委員会はそうした自らの使命を果たそうとしていない。そのことを7つの教訓のひとつひとつに則して述べる。

第1の教訓について、原子力規制委員会は検討すること自体を避けている。福島原発事故の被害を真摯に踏まえるならば、原発新増設を禁止するだけでなく、既設原発の再稼働についても禁止するか、実質的に禁止に相当する規制基準を制定することについて検討することが不可欠だろう。だが原子力規制委員会は最初から、日本の原発の安全水準を国際水準に近づけるという姿勢、つまり原発推進を容認する姿勢をとっている。もちろん原発の存廃については総合判断が必要であり、原子力規制委員会の専権事項ではないが、過酷事故リスクが有意に存在するならば、それだけで禁止の判断を下すに値する。

第2の教訓について、原子力規制委員会は基本的に忘却している。すなわち原子炉の設計そのものの妥当性を徹底的に究明せず、事故対処の仕組み(ソフトウェア)を形式的に整備し、安全対策のハードウェアを付け加えれば、機種を問わずいかなる老朽化した旧式の原子炉でも合格できるような規制基準を立て、原発事故による被害リスクを高めるような諸条件に関する配慮をほとんどしていない。せめて前項で列挙したような重要な弱点を抱える原子炉については、運転禁止とするようなルールを作るべきだったのではないか。

第3の教訓について、原子力規制委員会は真摯な検討をせず、従来の原子力災害特別措置法の仕組みを基本的に変えていない。指揮管制通信システムの麻痺というのは、あらゆる危機管理において致命的結果をもたらすものであるため、専門的な調査研究組織を作ってしっかり解明すべき課題であるが、それをしないまま従来システムを踏襲することを決定するのは無思慮であるとしか言いようがない。この問題については政府事故調査・検証委員会および国会事故調査委員会において一定程度の解明が行われ、また多くの組織・グループ・個人が優れた考察を行っている。だが原子力規制委員会はそれらの貴重な知見を汲み取ろうとしているようには見えない。とくに原子力規制委員会の前身である原子力安全・保安院や原子力安全委員会の機能麻痺を深刻に反省し、いかなる状況下でも過酷事故に有能に対処できる組織、リーダー、スタッフの在り方を提示し、現在の規制委員会がその観点から世界最高水準にあることを示すことが不可欠である。原子力規制委員会のスタッフの大半は、事業者に対して甘い安全審査によって過酷事故発生防止に失敗し、また事故進展・被害拡大に対して有効な対策を講ずることができなかった組織から来た人々である。よほどの実績を示さなければ、そのような原子力規制委員会という組織を信用せよと言っても、誰も耳を貸さないのではないか。

第4の教訓についても、原子力規制委員会はハードウェアの強化という観点からしか対策を考えていない。だがこれも指揮管制通信システムのマネジメントの根幹に関わる難題である。この問題についても政府事故調査・検証委員会および国会事故調査委員会において一定程度の解明が行われ、また多くの組織・グループ・個人が優れた考察を行っている。だが前項と同じく、原子力規制委員会はそれらの貴重な知見を汲み取ろうとしているように見えない。

第5の教訓については、福島原発事故後、予防防護措置区域 PAZ(Precautionary Action Zone、5km圏)、および緊急防護措置区域 UPZ(Urgent Protective Action Zone、30km圏)という概念が使われるようになったが、範囲の狭さは解消されていない。また、PAZの外における避難の判断基準として毎時500マイクロシーベルト、一時移転の判断基準として毎時20マイクロシーベルトという高い空間線量率を設定することにより、PAZ外における避難を抑制し、住民の被ばくを前提としたものになっている。すなわち福島原発事故以前よりも避難等の対応をとる範囲が狭まる可能性もある。さらに、SPEEDIなど放射能拡散予測システムを廃止するという安全確保に逆行する動きが進んでいる。さらに根本的な問題は、原子力規制委員会が防災計画のモデル文書を作成するのみで、地域防災計画を自治体に丸投げし、その妥当性を審査する責任を回避していることである。このような仕組みを許す現行の規制委員会設置法を抜本的に変える必要がある。

第6の教訓について、原子力規制委員会は、福島原発事故の収束・被害修復が如何に難航しようと、その状況に一切関わりなく、安全審査に合格した原子炉の運転を認めるための作業を進めている。だが福島原発事故のような過酷事故が起きた場合、底が抜けた原子炉における事故収束や、汚染水漏洩の封じ込めや、飛散した放射能の回収・隔離などがきわめて困難となることを承知の上で、許認可業務を進めることは公序良俗に反するのではないのか。なお原子力規制委員会が原子力安全確保を一元的に司るべきだとすれば、事故収束・事故被害修復活動においても主導的役割を果たすのが当然であるが、小さな脇役にとどまっている。

第7の教訓については、福島原発事故の原因について不十分な知識しかもたない現状にもかかわらず、見切り発車方式で、福島原発事故で弱点を露呈した安全確保のための設備のうち短期間で配備可能なものを付け加えることで、安全審査を進めているのが原子力規制委員会の姿勢である。通常の技術システムならば、そのような漸進的な改善のアプローチも許容されうるが、取り返しのつかない甚大な被害を及ぼす原子力発電所について、そうしたアプローチをとるのは無謀ではないか。

これまでみてきたように、原子力規制委員会は福島原発事故の7つの教訓について深く受け止め、それを十分に踏まえた総合的な原子力安全確保の基本方針を構築し、それにもとづいて個別方針を練り上げるという、自らが本来行うべき職責を果たしていない。基本方針にしても個別方針にしても、その審議に際しては広く国際的・国内的な知恵を総結集しなければならないにもかかわらず、実際の審議は福島原発事故前と大差ない閉鎖的な形で進められてきたが、そうした審議方式自体を改めねばならない。原子力規制委員会は発足後可及的速やかに、以上のような観点から包括的な原子力規制に係わる政策大綱をとりまとめ、そこに提示されたロードマップに則って、原子力安全確保に邁進していくべきだった(本来は、前身にあたる原子力安全委員会も、姉妹組織であった原子力委員会と同様に、長期計画ないし政策大綱を作るべきだった)。

ところが原子力規制委員会が実際にこの2年間行ってきた作業の大半は、新規制基準の策定と、それに基づく安全審査(適合性審査)の推進だった。再稼働を円滑にするための「新規制基準適合性に係る審査会合」については、2014年9月22日までに140回、一方で、原子力防災に関連する会合については17回、福島第一原発の監視・評価や汚染水の対策に関する会合は49回開催されている。これは、原子力規制委員会が、福島原発事故対応を軽視し、再稼働を円滑にすることに多くの時間を費やしている証左である。新規制基準の策定については、2013年2月6日に「新安全基準骨子案」を発表して、翌日から2月28日までの期間にパブリック・コメントを募集した。ついで、「新規制基準案」を策定し、同年4月10日に発表、翌日から5月10日までの期間にパブリック・コメントを募集、結局7月8日に新規制基準を施行した。

新規制基準は日本における既設原発の全てについて、「事故対策組織を形式的に整備してハードウェアの追加工事をすれば合格できる程度」の厳しさとなるよう注意深く設定された。たとえば福島原発事故と同規模の過酷事故が起きることを想定したとき、立地審査指針の厳格な適用による不合格を避けるために、立地審査指針そのものを廃止してしまった。福島原発事故では、「立地審査指針」に規定されている重大事故に対する敷地境界での公衆被ばく線量をはるかに超えている事実があるので、福島原発事故並の過酷事故を想定すると、すべての原発は立地審査指針に適合しないことになり、原発再稼働が不可能になるからである。

規制基準の問題点については、この声明と一緒に発表される「原子力規制委員会が審査書を決定しても原発の安全性は保証されない」を参照していただきたい。

原子力規制委員会は安全審査(適合性審査)に長い時間をかけている。それは規制委員会が新規制基準の本質的な甘さをカバーすべく、詳細なチェックリスク(*原文ママ)を作成し、原子力事業者にそれを全て埋めることを要求したことと、規制委員会の審査能力そのものにマンパワー上の限界があるためである。審査に合格することは要領をおぼえれば本質的には難しくない。ハードウェア上の要求に関しては補強工事と設備追加で対応すればよく、ソフトウェア上の要求に関しては対処方針を示せばよいということが、今回の審査で浮き彫りとなっている。審査でチェックされることの多くは、チェックリストを埋める文章の形式的な瑕疵に関するもので、通常の産業保安行政そのものである。

こうみてくると原子力規制委員会の目的は当初から、あるいは少なくとも発足後3カ月あまりを経過し、自由民主党が政権に復帰した2013年1月から、原発再稼働の円滑な推進にあったと思えてくる。その業務は遅々としているが、全国の原発の審査が今後も着実に進む可能性がある。原子力規制委員会は実質的に、原子力利用推進の一翼として機能してきたと言える。川内1・2号機の再稼働は、他の原発の再稼働の呼び水になる。また川内1・2号機の審査において九州電力が獲得したノウハウは、今後の原発再稼働審査において、電力会社の共有財産として活用されるであろう。

おりしも発足2周年を機に、2年任期の島崎邦彦、大島賢三の両委員は再任されず、代わりに田中知、石渡明の両氏が委員に就任した。これにより原子力開発利用推進に職業的に関わってきた委員は5名中4名(田中俊一、中村佳代子、更田豊志、田中知)となり、残る1名(石渡明)は原子力安全に関する専門知識も発言歴も乏しい委員となった。退任する島崎委員は、原子力安全確保以外の判断基準を排し、活断層調査などで原子力事業者に対して厳しい姿勢を示してきた。島崎委員の退任により原子力規制委員会が今までよりも一層、原子力利用推進をサポートする機関としての性格を強めることが懸念される。

おわりに

去る9月10日に原子力規制委員会は川内原発設置変更許可申請書に関する審査書を承認した。

原子力市民委員会としては、すでに、7月9日付けで「見解:川内原発再稼働を無期凍結すべきである」を公表し、その中で、川内原発を再稼働すべきではないという認識を示し、関係者がとるべき選択について提言した。さらに、7月17日から8月15日にかけて実施された同申請書の審査書案に対するパブリック・コメントに際しては、8月4日付けで「川内原発審査書案に対する総合的意見」を公表して、その枠組み自体が基本的問題を対象から外していることを指摘した。

そのようなパブコメの枠組みに係わる限界にもかかわらず、1万7000件に及ぶ市民の意見が寄せられた。これは市民の関心の高さと危機感の表れである。しかし、原子力規制委員会は、公聴会などを行ってそれらの意見をまともに受け止めることなく、重要な論点に関する意見を取り入れないまま適合性申請の承認手続きを行った。国民からの意見に真摯に耳を傾ける姿勢をみせることなく、パブリック・コメントを「通過儀礼」として形骸化させていることは憂慮すべき事態である。

審査書決定までの過程でも、外部専門家からの聴き取りを行うことはしなかった。とりわけ火山リスクについて警鐘を鳴らし、原子力規制委員会が自ら策定した火山影響評価ガイドとの齟齬を指摘する火山専門家の意見を顧みることはなかった。

このたび確定された審査書は、手続き上も内容においても理性的吟味を尽くしていない欠陥に満ちたものであり、撤回して再度審議をやり直すべきである。

川内原発審査書の承認という原子力規制委員会の今回の決定は、原子力安全確保の一元的な責任を担うという原子力規制委員会の使命のうち、産業保安行政的観点から原子力利用推進をサポートするという役割しか、規制委員会が果たそうとしていない点で、著しく不適切で偏ったものであり、国民の期待に答える(*原文ママ)ものとは程遠く、原発の安全を保証するものではない。それゆえ私たち原子力市民委員会は、原子力規制委員会設置法第1条の規定を満たすとともに、福島原発事故の教訓を最大限に活かす組織へと、原子力規制委員会が解体的再編を行うことが必要不可欠であると考える。

以上


声明2:原子力規制委員会が審査書を決定しても原発の安全性は保証されない

声明2:PDF pdficon_s

2014年9月30日

原子力市民委員会
 座長   吉岡 斉
 座長代理 大島堅一 島薗 進 満田夏花
 委員   荒木田岳 井野博満 大沼淳一
      海渡雄一 後藤政志 筒井哲郎
      武藤類子

はじめに

原子力発電は、もし深刻な事故が発生した場合、他の発電施設と比較にならない被害をもたらす危険な技術である。原子力市民委員会が2014年4月に発表した『原発ゼロ社会への道-市民がつくる脱原子力政策大綱』(第4章冒頭)は、そうした原子力発電の技術としての特異な性質をふまえて安全規制を行わねばならないと提言し、その基本原則として次の4項目を示している。

  1. 原発は、不可避的に、広範な放射能汚染をともなう大事故(過酷事故)を起こす危険を抱えている。この点において、原発をほかの技術と同じように考えてはならない。
  2. 原発に関する規制基準は、政治的・経済的判断抜きに、安全性を唯一の判断基準として作成されるべきである。規制は、その時点で技術的に可能なすべての対策を取ることでなければならない。
  3. 原発では、想定される事故の規模があまりに甚大であるから、きわめて厳格な規制基準が必要である。過酷事故の被害は取り返しがつかないので、確率を使ったリスク評価で原発の安全性(危険性)を論じてはならない。
  4. 電力会社や原子力規制当局への信頼がなければ、「安全」も「安心」も実現できない。信用されない電力会社や原子力規制委員会・原子力規制庁という組織のもとでの再稼働は論外である。

以上の基本原則を踏まえて、原子力規制委員会の審査書決定により原発の安全性は保証されない理由について説明し、審査書決定をもってしても再稼働を認めることは正当化できないことを明らかにしたい。

1.規制基準により原発の安全性が保証されない理由

そもそも規制基準とは、何のためにあるのか。それは社会が受入れ可能なレベルまで、規制対象となる技術システムによる事故被害リスクを、低減させるための基準である。深刻な原発過酷事故は起こりうるということを認めつつ、それでも原発の稼働を認めるという前提に立っている。過酷事故発生を前提としているからこそ、原子力防災のための法令体系が整備されている。そして現実に福島原発事故という深刻な過酷事故が発生したのを契機として、原子力防災体制が強化された。

だがドイツの「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」(2011年)は、(1)日本のようなハイテク国家において深刻な原発過酷事故が生じた、(2)原発過酷事故の損害規模は際限がない、(3)想定以上の事態に耐える原子炉を設計できない、という3つの点を考慮して脱原発を勧告した。つまり規制基準をいくら強化しても、取り返しのつかない被害を及ぼす原発過酷事故を防ぎ得ないという認識に立って、脱原発を勧告した。福島原発事故を真摯に受けとめた政策判断とはそういうものであるべきである。

しかもどのくらい規制基準を強化すれば、原発過酷事故リスクをどのくらい低減できるかについて、信頼に足る評価自体が確立していない。原子力規制委員会は安全目標として、セシウム137の放出量が福島原発事故の100分の1に相当するとされる100テラベクレル(100兆ベクレル)を超える事故を起こす確率を100万炉年に1回程度を超えないようにするという目標を掲げたが、それは実証的な証拠によって担保されておらず、確率論的リスク評価(PRA)を安全規制上の要件にもしていない。しかも、この目標値は、実績値との落差がいちじるしく大きい。世界の原子力発電の運転積算実績値をみると、2013年末でおよそ1万6000炉年であるが、その間に、スリーマイル、チェルノブィリ、福島第一と3回、5つの原子炉で過酷事故を起こしている。これは3200炉年に1回の事故確率に相当する。現在、世界中でおよそ430基の原発が運転されていることを考えると、7年後には、またもや、世界のどこかで同レベルの大事故が起こってもおかしくないという驚くべき高頻度である。さらに、安全目標の設定に関して、公での議論をまったく経ていない点は問題である。

このように規制基準をクリアした原発といえども安全性を保証されておらず、またその危険度についても信頼に足る証拠が不足している。今回の審査書が、安全確認の「事実上の合格証」であるかのような発言を、安倍首相をはじめ政府幹部が繰り返しており、またその言い分を認めるかのような報道も見られるが、原子力規制委員会が安全を保証しているわけではない。原子力規制委員会の田中俊一委員長自身が、「規制委員会は適合性審査を行うだけで、安全を保証するものでない」と正しく指摘している。

以上のような規制基準の本質を考えるならば、原子力規制委員会の新規制基準が不適切であることを科学的・技術的観点から論証することができなければ、再稼働に反対する資格はない、などということはあり得ない。原子力規制委員会が安全を保証していないのだから、そのような施設の再稼働を受け入れる必要はないのだ。

首相や大臣が何を言おうが、そうした人々には原発の安全性に関して判断する能力も権限もない。法律の上では誰が安全の判断の責任を負うかが決められておらず、再稼働へのゴーサインは結局事業者の判断とされ、安全性が第三者の検証によって担保されていないという由々しき状況がある。

ここで新規制基準の設定とその運用における歪みについて、より深く具体的に考えてみることは有意義である。原子力規制委員会が定めた新規制基準は、事故対策組織を形式的に整備してハードウェアの追加工事といった部分的改善を、実施不可能なほどのコストをかけずに行えば、全ての既設原発が合格できるよう注意深く設計されたものであり、その意味で本質的に甘い規制基準である。したがってそれをクリアしても原発の安全性は保証されない。

安全の保証が出来ない原発に規制基準をクリアさせてしまうためのテクニックはいろいろあるが、代表的なのは次の10種類の技法である。これらのほとんど「詐術」といえる不適切な技法を組み合わせて、原子力規制委員会は川内原発1・2号機が新基準に適合するとの決定をくだしたのである。

第1の技法は、福島原発事故の事故原因について深く追究しないことである。規制委員会は、事故原因を徹底的に分析し、その知見を規制基準策定に活かすことをせず、地震・津波・過酷事故に関する表面的な教訓を抽出すれば十分としている。よく調べずに即断するのはよくないが、とくに原発のような法外な破壊力を秘める技術の場合には許されない。

第2の技法は、遵守すれば不合格の判定を下すことが必至の要件を、規制基準の中から全て取り除いてしまうことである。その最も代表的なケースは立地審査指針の廃止である(これについては声明1でも述べた)。また海外の新型原子炉では標準装備となっている設備についても、それを装備するのに巨額の費用と長い期間を要することをおそれて、不要としている。最近のヨーロッパの原発の標準設計が、コアキャッチャーや航空機落下に備えた二重ドームを備えていることなどからしても、「世界最高水準」という評価は、自画自賛が過ぎる。実態としては、原発設備の本体部分は既設の設備のままで、重大事故対応の可搬式設備を付け加えて、安全性を強化したといっているに過ぎない。

第3の技法は、規制基準に加えるべき事項について、その整備が間に合わないという理由で規制基準への組み込みを遅らせることである。故意による航空機の衝突および武装攻撃・破壊工作への対策が具体化されていない。また規制基準の適用対象を、原子炉施設内のみに絞っていることも問題である。原子炉施設外の設備や防災対策などについても、原子力規制委員会が原子力利用の安全確保を一元的に司る以上、必要に応じて規制基準を設けて審査すべきである。周辺地域の防災・避難計画はそれに該当する。

第4の技法は、規制基準を満たしていない施設についても、一定の期限内に整備すればよしとすることである。たとえば「重大事故対処設備」である加圧水型軽水炉のフィルター付ベント装置の設置に5年猶予を認めている。

第5の技法は、原発の規制にかかわる情報の開示を制限することである。たとえば適合性審査で規制委員会が公開する審査資料には、商業機密を理由にした白抜き、黒塗りの箇所が多々あり、国民に対する説明責任が徹底されていない。

第6の技法は、規制基準をできるだけ甘くすることである。外見上は理に適った基準であるように見せかけつつ、実際には事業者にとって許容できる範囲内のコストでクリアできるような基準とするのである。たとえば重要度分類指針が改訂されておらず、原子炉施設の周縁部の設備・機器の耐震基準は甘いままである。

第7の技法は、規制基準の適用に際して、その評価を事業者にゆだねることである。規制委員会は事業者による原子炉施設やその立地条件に関する評価をそのまま受入れ、規制委員会自身による厳しいチェックを行ったり、規制委員会自身による独自評価を行ったりしていない。たとえば基準地震動の決定について事業者に丸投げしている。また重大事故対策のシナリオを事業者の策定に求めている。

第8の技法は、本来適用すべき評価手法を、しっかり適用せずにごまかすことである。たとえば過酷事故対策の評価において、クロスチェック解析を行っていない。

第9の技法は、規制基準自体を抽象的な表現にとどめ、科学的・技術的にシロともクロとも明瞭には判断ができない領域を広げておき、柔軟な解釈ができる余地をできるだけ多く残しておくことである。たとえば火山噴火対策については、噴火の前兆現象をとらえることができるという仮定を前提とした「火山影響評価ガイド」を作るにとどめ、実効性ある指針を設けていない。

第10の技法は、適合性審査において実質的な審査をせず、そのあとの工事計画認可、保安規定認可に丸投げすることである。設置変更許可申請への審査だけでは、実質的な検証ができない。したがって規制基準をクリアしているかどうかも不確定である。

今までみてきたように、規制基準というものは本質的に原発過酷事故を防ぎ得ないものであることに加え、原子力規制委員会が定めた新規制基準とその運用には、上述の10種類の不適切な技法に代表されるようなさまざまのテクニックを駆使して手心が加えられており、非常に不十分なものである。

ここでもうひとつ強調すべきは、規制基準が原子炉施設のみを対象としていることである。つまり確実に機能する危機管理システム(指揮管制通信システム)の整備や、確実に機能する防災・避難計画の策定が、原子力規制委員会の規制要件となっていないことである。これでは、過酷事故が起きた場合に、広範囲の周辺住民に重大な被害が及ぶことを防止することは覚束ない。

まとめると、原子力規制委員会の適合性審査に合格したからといって、川内原発1・2号機は、(1)規制基準の本質、(2)規制基準の実際の設定と運用、(3)危機管理システムや防災・避難計画の整備、の3点において、安全を保証しているとは言い難い。

2.規制基準とその運用における欠陥(例示)

今まで、原子力規制委員会の審査書決定により原発の安全性は保証されない理由について、体系的な枠組を立てて整理してみた。この枠組のなかに個々の個別的問題を収めていけば、際限なくページ数を増やしていくことになるので、この声明では文章が長大化するのを避けるため、5つの例示を行うにとどめたい。読者はぜひこの枠組を活用して、多くの個別的問題について考察を進めて頂きたい。そうした作業の要領を示すために、以下5項目に限って、今回の審査書決定について検討を加えてみた。各々について別紙1で、より詳しい説明をつけたので参照して頂きたい。

第1に、設置変更許可申請の位置付けが中途半端である。 川内原発の安全審査としては、今回の設置変更許可とともに、工事計画認可、保安規定認可の審査が一体として行われるべきである。設置変更許可申請への審査だけでは、実質的な検証ができない。今後、工事計画認可、保安規定認可の評価とあわせて、再度、パブリック・コメント等のかたちで、第三者が意見を述べる機会を設けるべきである。(前記の技法10と関連)

第2に、技術審査に重大な不備がある。 すなわち審査の過程で、科学的・技術的に厳正な審査を行うという姿勢が欠けている。もっとも典型的な問題のひとつは、過酷事故対策の評価においてクロスチェック解析を行っていない点である。川内原発設置許可申請書に係る新規制基準適合性審査においては、過酷事故の検討を加えたことは進歩であるが、まず格納容器破損を防止することを求め、それに沿ったシナリオを作るような、辻褄合わせと見える審査結果になっている。旧原子力安全・保安院および旧原子力安全委員会においては、それぞれ抜き取り的にクロスチェック解析を行って、事業者の評価結果の妥当性を厳正に検証する審査方法が定着していた。過酷事故の現象推移はきわめて複雑であり、それをシミュレーションする解析コードには大きな不確かさが伴っていることは、この分野ではよく知られているからである。その意味で、原子力規制委員会の姿勢は後退したとすら考えられる。(前記の技法8と関連)

第3に、自然災害に対する安全性に関する評価が不十分である。 とりわけ火山の噴火予測に関する懸念が、最近になって高まってきた状況への対処が不十分である。この間、火山の専門家たちは、原子力規制委員会自らが策定した火山影響評価ガイドに照らして、疑義があることを指摘し続けてきた。しかし、川内原発の適合性審査会合において、火山の専門家は一度も招聘されなかった。審査とは切り離して、8月25日および9月2日の2回、「原子力施設における火山活動のモニタリングに関する会合」が行われ、ここではじめて火山専門家がメンバーとして招聘された。2回の火山専門家の会合において、出席したすべての専門家が、「現在の学問水準において、活動可能性が十分に低いとも言えないし、モニタリングで有効な危険予知ができない」と言っている。かつ、日本の学会を挙げて努力しても予知できる保証がない現象であるから、それを九州電力のみの責任に行わせることで良しとする体制は実態に合わないと指摘している。この問題は、専門家の意見を謙虚に聞いて、大幅に安全側の対策を施すべきである。(前記の技法9と関連)

第4に、航空機衝突や武装攻撃・破壊工作への対策に関わる不備を残したまま、審査書を承認したことは性急に過ぎる。 故意による航空機衝突や武装攻撃・破壊工作対策に関する審査ガイドは、去る9月5日にパブリック・コメント(パブコメ)期限が過ぎたところであり、まだ施行されていない。しかもその案には不備が多い。一方、川内原発の審査書では、この問題はその時に備えて手順書を作る、というのみで、ヨーロッパのように、格納容器を2重屋根にするなどの設備上の改善は求めていない。(前記の技法3と関連)

第5に、防災・避難計画が自治体に丸投げされており、原子力規制委員会の責任が免除されている。 原発過酷事故を想定した防災計画・避難計画については、鹿児島県および原発周辺市町村が作成しているが、実現性が乏しく、再稼働のためのつじつま合わせの域を出ていない。複合災害について実質的には検討されておらず、放射性物質の拡散予測等も行われていない。要支援者については、避難計画すら、限定的にしか整備されていないのが現状である。

内閣府の原子力防災会議は9月12日、避難計画などの緊急対応策が「具体的かつ合理的」となっていることを確認・了承した。議事録等は未だ開示されていないが、開示資料を見る限り、具体的かつ合理的とは程遠い内容である(別紙2)。そもそも原子力防災会議は、内閣総理大臣を議長とし、閣僚から構成される会議であり、内閣府も避難計画の「支援」を行う立場であり、第三者的に審査を行う立場ではない。今回の「確認」はそもそも、法令に基づくものではなく、鹿児島県の要請を受けて、国として「確認を行った」という形を整えただけである。

周辺自治体は、地方自治法第1条の2にあるように、住民の福祉の増進を図ることを使命とする。住民の安全を確保するために、原子力災害の防止や被害軽減のための行政組織とその活動を強化するとともに、九州電力に対して、川内原発に係わる原子力安全協定の整備・強化と、それにもとづく継続的な協議を要求することを提言する。(前記の技法3と関連)また、原子力災害のリスクを負う自治体や住民が、再稼働にあたっての意思決定に参加できるための法的枠組みの整備が必要である。

以上 


別紙1「声明2:原子力規制委員会が審査書を決定しても原発安全は保証されない」に関する詳細説明

1.設置変更許可申請の位置付けについて

新規制基準に対する適合性審査の位置づけとその実態

新規の原発建設と運転に係る審査手続きは、通常、次の5段階の審査および起動試験を経なければならない。福島原発事故後に、原子力規制委員会が設置され、新規制基準が施行されたことから、既設の原発等原子力施設がすべて再審査を受けることとなった。

(A)設置変更許可/(B)工事計画認可/(C)保安規定認可/(D)起動前検査/(E)起動試験/(F)起動後検査

今回の基準適合性審査は、(A)に限られているが、(B)(C)まで審査して初めて、新規制基準への適合性の判断を下すことができる。なぜなら、(A)は設計基準を規定するものであり、(B)はそれに基づく設計内容を記述し、(C)はその設備を安全に運転・保守するための管理を規定するものだからである。とくに、既設プラントにおいて(A)の設計条件を変更した場合、(B)における設計計算の結果、大幅な改造点が発生するはずである。

(A)及び(B)の九州電力の申請書には「必要な手順等を適切に整備する」と方針のみを記載しているケースが多い。これに対して、(A)の審査書では、「対策を講じる方針であることを確認した」として、妥当性を認めてしまっているが、技術的な安全性の確認としては、あまりにもお粗末であり、本来あるべき規制の内実を備えていない。

(B)(C)に関しては、現在規制庁による事業者ヒアリングで審査が進められているが、インターネット上に公開されている(B)の申請書には、データのブランクや黒塗りが少なくない。国民に対して、広く、オープンな会議で審議を行い、その上で、(B)(C)の審査書案についても、再度、パブリック・コメントを実施すべきである。

(A)(B)(C)の内容は、さらに専門家による徹底した検証が必要であり、旧保安院・安全委員会のように学識者委員のWG(ワーキンググループ)などで審議すべきである。また、国会でも議論すべきである。

パブリック・コメント(パブコメ)の範囲とあり方

今回のパブコメでは「科学的・技術的意見」のみを募集したが、原発の稼働については、広く市民の合意が必要である。本年4月に策定されたエネルギー基本計画は、原発を重要なベースロード電源と位置づけ、再稼働を肯定し国もその推進の前面に立つとしているが、これは市民の多数意見とかけ離れている。改めて原発ゼロの実現を明記したエネルギー政策を策定するのが先決である。なお意見募集に際しては、防災対策なども含めた「社会的」意見の募集も行うべきである。住民は直接の利害関係者であるから、防災対策、避難計画の策定に意見が反映されなければならない。すなわち、パブコメが最も必要とされる部分である。

わずか1か月の期間制限と字数制限をかけて、パブコメを求めるという姿勢は、国民の意見を尊重しないという姿勢の表れである。また、1万7千件に及ぶパブコメ意見をわずか25日間で、机上で分類整理し、枝葉末節部分において一部反映しているが、基本的部分には取り入れていない。

パブコメに寄せられた意見については、すべて公開し、基本的意見については丁寧にヒアリングし、有識者も交えて検討すべきである。

2.「技術審査の不備」について

福島原発事故を教訓にした指針類の改訂

福島原発事故という過酷事故を経験し、旧来の「基準地震動」「重要度分類」などが新しい知見に適合しないことが明らかになった。したがって、それらは当然、新規制基準とともに改訂して、新しい設計基準として施行すべきものである。しかしながら、そのことは行われず、あまつさえ「立地指針」は不適用として審査が行われた。

たとえば、福島原発事故においては水位計が機能喪失してメルトダウンの判断を著しく困難にした。また、主蒸気逃がし弁(SR弁)が過酷事故時に格納容器内背圧が高くなると働かないことがわかった。現状の「重要度分類」は、きわめて抽象的な要求しかしていないが、過酷事故時に重要な機器や部品の機能を保証するように、きめ細かく改訂しなければ、適切な審査指針とはなりえない。

原発の現実を直視しない審査

審査書のⅣ-1(P.113~247)では、様々な過酷事故シーケンスに対して、格納容器破損を防止できるかを検証している。そして、いずれもそれが可能としている。けれども、もっとも過酷な「大LOCA(冷却材喪失事故)+全交流電源喪失(ECCS注入失敗+格納容器スプレイ冷却失敗)」のケースでは原子炉圧力容器破損までに1.5時間しか時間的余裕がなく、これでは短すぎる。人間の認識能力、組織の情報伝達・意思決定の手順、作業者の運動能力や作業グループの対処活動の迅速さなどには自ずと限界があり、停電や施設の損傷などの障害も付け加わるため、理想的な時間の積み上げ通りには進まないのが現実である。不規則事態における人間能力や、人為ミスなどの要素をより現実的に検討すべきである。福島原発事故においても、スリーマイル島でもチェルノブィリでも、事態の認識や対処に長時間を要している。

格納容器内水素濃度の計算結果は、爆轟下限13%に対して10%前後の数値を示しており、計算誤差や局所的な集中などを考慮すると、きわめて危険である。

保安院時代には、事業者の計算に対して、規制者が別の解析コード(プログラム)に同一条件を入力してクロスチェック解析を行っていた。今回の過酷事故進展のシミュレーションにおいては、事業者はMAAPという解析コードによる解析を実施している。そして、規制委員会は「MELCORによる解析を実施しており、MAAPと同様の傾向を確認している」としているが、川内原発そのものを対象としていないし、同一入力条件での比較評価をしていない。この「同様の傾向」というような定性的な確認は、クロスチェック解析ではない。さらに格納容器破損に係る重要事象である原子炉圧力容器外の溶融燃料・冷却材相互作用と溶融炉心・コンクリート相互作用についてはMELCORによる解析を除外している。

格納容器破損時の対策として、空気中への放射性物質飛散に対しては放水砲で、汚染水流出に対しては吸着剤、シルトフェンス、小型船舶を用意するという。放水砲はプルーム内放射能の捕捉には無効である。汚染水対策は福島同様の地下水の連続流入が予想され、現計画では対処不能である。

3.「火山の噴火予測」について

専門家の意見を無視した結論

火山について審査書においては、「原発の運用期間中におけるVEI7以上の噴火の活動可能性は十分低い」「運用期間中のモニタリングを行う」としている。しかしながら、2回の火山専門家の会合において、出席したすべての専門家が、「現在の学問水準において、活動可能性が十分に低いとも言えないし、モニタリングで有効な危険予知ができない」と言っている。かつ、日本の学会を上げて努力しても予知できる保証がない現象であるから、それを九州電力のみの責任に行わせることで良しとする体制は実態に合わないと指摘している。

原子力規制委員会の「火山影響評価ガイド」では、「対応不可能な火山事象が、運用期間中生じることが十分小さい」ことを確認した上で、火山活動のモニタリングを行い、兆候を把握した場合の対処方針を策定」することになっているが、前者については前提が崩れ、後者については実施不可能である。

この度の審査書は、専門家の意見を無視して、強引に承認の結論を急いだ、学問的な論理を無視したものである。

4.故意による航空機の衝突や武装攻撃・破壊工作対策について

航空機衝突などへの対策は未検討

原子力規制委員会は、去る9月17日に、「実用発電用原子炉に係る特定重大事故等対処施設に関する審査ガイド」および「実用発電用原子炉に係る航空機衝突影響評価に関する審査ガイド」を決定した。他方、すでに承認された川内原発審査書では、大規模の自然災害による重大事故の対処と同じ扱いで、消火活動や格納容器破損の緩和、放射性物質放出の低減などを行う方針としている。

しかし、武装攻撃や破壊工作に対処するためには、米国などでは武装した警備員を配して、軍事レベルの対抗組織を備えている。そうでなければ有効でないが、そのような組織を要する産業施設がわれわれの民主社会に望ましいかどうかを根本的に問い直す必要がある。加えて、重大事故時には現場作業員には高被ばく線量下における過酷な労働を求めることが予想される。現行の労働契約はそのような条件を想定していない。そして、改訂を検討することなく問題を先送りしている。そもそも健康障害の恐れのある労働が不可避の産業施設の運転の可否を問わねばならない。

5.防災・避難計画について

防災・避難計画の不備

原発の過酷事故を想定した防災計画・避難計画は、川内原発の周辺自治体でも整備が進められているが、実現性が乏しく、極めて不十分なものと言わざるを得ない。さらに、大地震・大津波、大雪、豪雨、台風、火山噴火などの自然災害と重なれば、避難すること自体が危険であり命がけとなる。たとえば、大津波の遡上高さ想定が6mであるが、その高さでは発電所周辺の道路が冠水して障害物が散乱し、通行不能になる。そのようなインフラの実情に照らし合わせれば、物理的に有効な避難ができるか、極めて疑わしい。

さらに重大な問題は、要支援者などの災害弱者が取り残される危険性があることである。福島では、原発事故から3年以上経過した今も約13万人が自宅を離れ、仮住まいを余儀なくされている。そのような状況を二度と起こさないための対策が示されていない。

原子力規制委員会設置法第3条は「原子力規制委員会は、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資するため、原子力利用における安全の確保を図ることを任務とする。」と規定しており、第1条の目的規定にも同様の条文がある。法を整備し直して、原子力規制委員会が、防災・避難計画にも責任を負う体制にしなければならない。

原発周辺自治体の権限と責任

原発周辺自治体は、地方自治法第1条の2「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする」にあるように、住民の福祉の増進を図ることを使命とする。

それをふまえて住民の安全を確保するために、原子力災害の防止や被害軽減のための行政組織とその活動を、自治体として抜本的に強化する必要がある。さらに原発に関する意思決定に際しては、住民意見を丁寧に聴取し、それを尊重することが肝要である。直接民主主義的手法の活用も真剣に検討すべきである。その上で、九州電力に対して、川内原発に係わる電力会社との原子力安全協定の整備・強化を要求すべきである。原子力安全協定には、原子力施設の新増設、設計変更、運転、廃止措置等についての自治体の事前了解や、自治体による原子力施設への立ち入り調査や、使用停止要請の条項を盛り込むべきである。

原子力市民委員会としては、「脱原子力政策大綱」(p.164、4-8節)でも、原発の稼働などについて、同意を求めるべき自治体の範囲を拡大するように提言してきた。そのような法制度が整備されることなく、今まさに、川内原発に関する再稼働の手続が進められようとしている。周辺自治体においては、住民の安全を確保する立場から、原子力災害の防止や被害軽減のための行政組織とその活動を強化するとともに、この機会に、今述べたような原子力安全協定の締結と、それにもとづく継続的な協議を要請すべきである。

川内原発についての原子力安全協定は、1982年6月に、鹿児島県、薩摩川内市と九州電力の間で締結されている。また、この県等との安全協定に、若干の格差をつけた協定が、福島原発事故後の2013年3月に、薩摩川内市に隣接するいちき串木野市、阿久根市と九州電力との間で締結されているが、30km圏内の自治体は、万一の過酷事故の際には、直接的な影響を被ることが確実であり、すでに原子力防災計画の策定を義務づけられていることから、直接の立地自治体と同様の安全協定を締結するのが当然だといえる。また、原子力安全協定においては、原子力施設の変更などに係わる事前了解及び、自治体による原発施設への立入調査および必要な場合の使用停止要請等の条項を明記すべきであり、この機会に協定内容の強化を含めて、九州電力側と交渉することを提言するものである。

以上


別紙2 川内原発の避難計画等の緊急時対応に関する原子力防災会議の「確認」について

内閣府の原子力防災会議は、2014年9月12日、避難計画などの緊急対応策が「具体的かつ合理的」となっていることを確認・了承した。
以下、開示されている資料の範囲で、同「確認」「了承」についての疑問を列記する。

  1. そもそも原子力防災会議は、内閣総理大臣を議長とし、閣僚から構成される会議であり、実質的に避難計画の合理性や具体性を「確認」することができる組織ではない。事務局である内閣府原子力災害対策担当室の報告を受け、それを了承したと考えられる。一方で、内閣府は避難計画の「支援」を行う立場であり、第三者的に確認を行う立場ではない。
  2. 判断基準が明らかでない。原子力災害対策指針や防災基本計画の「要求内容」との対応状況を比較した文書が開示されているが、「具体性、合理性」を評価していない。避難計画の該当する部分を抜き出し、概要を記述するにとどまっている。
  3. 川内原発の避難計画に関しては、多くの批判がある。原子力市民委員会においても、2014年7月9日付の「見解」の添付資料の中で
    1. 避難の際、風向き・地形等の放射性物質の拡散に関する考慮がなされていない
    2. 避難先の想定が現実に即しておらず、30km圏外にでればよいという設計となっている
    3. 複合災害が考慮されていない
    4. 10km以遠の要援護者の施設の避難計画が策定されていない
    5. スクリーニング・除染の場所が決まっていない
    6. 住民の意見が踏まえられていない

――等の問題点を指摘した。これらの点は、原子力市民委員会のみならず、地元の住民が説明会の際に指摘し続けたことである。原子力防災会議はこれらの批判や指摘について、答えていないのみならず、検討した形跡もない。

  1. 前項3.で列記されているものに加え、
    1. PAZの在宅の要援護者のうち、避難できない人はPAZ内5箇所にある一時退避所に「屋内退避」することとなっているが、これは要援護者や介護者の「置き去り」にもつながり、人道上問題である
    2. 10km以遠の要援護者の施設の避難先は確保されておらず、候補がリスト化されているだけであるが、これは、十分な避難先をあらかじめ決めておくとした内閣府原子力防災会議が策定した「共通課題についての対応指針」(2013年10月)に反する、
    3. 「避難退域時検査・除染については、原則として避難先となる市町に一ヵ所ずつ設置する救護所等で実施」となっているが、これは、避難する車両や人により放射性物質を拡散させないために検査所を30km圏外の避難ルート沿いに設置するとした従来の方針に反する

――など、新たな疑問が生じる。

以上

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