執筆 大沼淳一
協力 後藤 忍
本ページは、図解レポート『見ればわかる 知れば変わる − 福島原発事故15 年の現在地』の第1章 p.8
「③環境汚染の状況」を補足するための解説資料です。
福島原発事故から15年を経ても、被災地では年間20mSvという高い被ばく基準が維持され、土壌中のセシウム137もなお多く残留しています。野生キノコ類の高濃度汚染や、森林を起点とする再汚染、月間放射性降下物の高止まりなど、福島原発事故による環境汚染が現在も継続していることを、図表とデータをもとに整理しています。
高濃度汚染が続く野生キノコ:基準の数十倍のキノコがインターネット上で売り買いされている

上の図は、全国26カ所の市民放射能測定所のネットワークであるNPO法人「みんなのデータサイト」が集約して公開しているものです。
野生キノコ類の汚染は高止まりし、事故後15年を経ても下降の気配はありません。とりわけ、インターネット上で売買されているものでは、食品基準(100Bq/kg)を超えるものが頻出し、100倍を超えるものさえ出ています。各市民測定所は、基準超過が確認されるたびに、出荷者への注意喚起、保健所などへの通報をおこない、適切な措置を求めています。しかし動きは鈍く、基準超過が繰り返されています。
みんなのデータサイトとして、インターネット運用事業者や厚労省にも申し入れをしていますが、誠実な対応はまれです。毒キノコのような急性毒の場合は迅速な対応を原則としている保健所ですが、放射能摂取のような慢性毒についての対応は緩慢です。基準を超える食品が流通しているわけですから、一般の食中毒と同様の敏速な対応をすべきです。
今後、帰還困難区域のバリケードが撤去され、自己責任での入域が可能となるとともに、食品基準を超過した野生キノコの流通が加速されることが危惧されます。
福島原発事故によって放出された放射性物質の物理的減衰による変化

(いずれの項目も事故時を1.0とした)
上の図は、福島原発事故によって放出された放射性物質のうち、ヨウ素131、セシウム134、セシウム137の半減期に伴う物理的な減衰を示したグラフです。改めて確認しておきたいのがセシウム137の半減期で、30年かかります。
地面に沈着したり森林生態系に組み込まれたりしたセシウム137は、事故後15年を経てなお2026年3月現在でも約70%が残留しています。半減期が2年と短いセシウム134は1%以下まで減衰しているので、137と134の合計値である全放射性セシウムとしての残留は約35%になります。今後、この合計値の減衰のほぼすべてはセシウム137の半減期曲線によるものとなります。
1963年をピークとする大気圏内核実験で世界中にばらまかれたセシウム137は、半減期の2倍の時間が経って、ようやく4分の1に減衰しました。まだ4分の1は残留しているのだと考えるべきでしょう。福島原発事故由来の放射性プルームが通過しなかったと考えられる地域でも、土壌や野生キノコを調べると、この核実験の痕跡を確認することができます。青森県では食品基準を超過するセシウム137が検出されて、出荷停止になっている自治体が複数あります。福島原発事故由来のセシウム137/セシウム134比と一致しないことから、大気圏内核実験の影響が大きいものと考えられます。富士山でも、キノコ研究者らによる詳細な研究が行われて、セシウム137/セシウム134比の解析から、大気圏内核実験由来のセシウム137の存在が確かめられています。
すなわち、福島原発事故由来のセシウム137で汚染した地域では、今後100年単位での放射能への注意喚起が必要です。住民、自治体、政府が緊張感をもって測定、監視、規制や制限を続けていかなければなりません。
月間放射性降下物量の推移:浜通りは東京都の数百倍!福島市でも数10倍

環境放射線データベース(原子力規制庁:日本分析センター管理)より大沼作成 https://www.envraddb.go.jp/
1954年の米国によるビキニ環礁での水爆実験で被ばくした第五福龍丸事件の後、東京の気象研究所や東京都の衛生研究所(現 健康安全研究センター)などでは、1957年から放射性降下物量の観測(核種分析を含む)が開始されました。図はその月間放射性降下物量の推移です(青色プロット)。福島県では10年ほど遅れて、1967年頃から福島市で観測が開始されました(緑色プロット)。1974年ごろからは、原発が立地した浜通りで観測されるようになったようです(橙色プロット)。具体的には、福島第一原発が立地した大熊町では1974年頃から、福島第二原発が立地した富岡町では1996年頃から測定が開始されました。2011年の福島第一原発事故の発生後は、2012年から他の市町村でも測定が開始されています。
大気圏内核実験が中止されて地下核実験に移行し、やがてはそれも中止となり、地球全体で月間放射性降下物量は減少を続けました。1986年のチョルノービリ(チェルノブイリ)原発事故で一時的に2~3ケタの上昇がありましたが、その後はさらに順調に減少傾向が続いていました。2010年まで、浜通りと東京都はほぼ同レベルです。ところが、福島原発事故の発生後、それが一気に上昇し、浜通りでは8ケタ(数億倍)まで上昇し、東京都でも3ケタ(数千倍)上昇しました。その後、減衰が始まりますが、浜通りは高止まり傾向が続き、現在でも東京都の数百倍、福島市でも東京都の数十倍のレベルです。これらの放射性降下物は、除染されていない森林域などから風で運ばれてきたものが中心だと考えられます。
