利用される福島原発事故: 国際機関・政府・原発産業

本ページは、図解レポート『見ればわかる 知れば変わる ─ 福島原発事故15 年の現在地』第1章 p.18
「⑬利用される福島原発事故」への補足解説です。

事故後の放射線防護やALPS処理汚染水をめぐって、国際機関、日本政府、原発関連企業・協会がどのように関係し合い、相互に利用し合う構造を形成しているのかを、図解と参考資料をもとに整理しています。図版の見方と背景を補うため、関連する国際機関の役割、国内政策との接続、参考文献・出典をまとめました。

もくじ

関連し合う国際機関とその背後の日本政府、原発関連企業・協会

環境省は放射線防護策について、図表1のように、研究の知見を「政治的に中立の立場」から国連科学委員会(UNSCEAR)がまとめ、「独立の国際学術組織」である国際放射線防護委員会(ICRP)が勧告を策定し、国際原子力機関(IAEA)が安全基準をつくり、これを踏まえて法令などが定められる、としています。

放射線防護に関わる国際的な枠組みを、科学的知見の収集・評価、国際機関等による基準・防護原則の策定、各国の放射線防護の枠組み(法令、指針等)について図式している
図表1 環境省「放射線防護に関わる国際的な枠組み」『放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料(令和6年度版) 』

(出所) https://www.env.go.jp/chemi/rhm/current/04-01-01.html

しかし、実際にはこれらの国際機関に対して、日本政府や原子力関連企業が、資金および人的な影響を与えています(図表2)。これら組織で重複して委員となっている者もおり、独立とは言えません。

放射線防護の枠組と日本政府、原子力関連企業・協会との関係を端的に示している。 研究者・研究機関による検証から、国際機関による福島原発事故に関する報告書作成、勧告、基準作成、日本での放射線審議委員会での検討、実際の法制化や施策実施に至るそれぞれの段階で、資金の提供や関係者の出向や転職、委員会等の人の重複、任命権などに利害関係者・機関・起業が濃密に連携をとっていることが示されている
図表2 放射線防護の枠組と日本政府、原子力関連企業・協会との関連

例えば、図表3の「勧告など」の6行目にある国際がん研究機関(IARC、世界保健機構WHOの下部機関)は、
  「原子力事故後の甲状腺集団スクリーニングは推奨しない」
  「原子力事故後、100~500mGyまたはそれ以上の甲状腺線量を胎児期、
   小児期、思春期に被ばくした者など、よりリスクの高い個人向けに
   長期の甲状腺健康モニタリングプログラムの提供を検討すべき」
と提言する報告書をまとめました1。これらの提言は、科学的に問題のある「過剰診断論」(コラム:不可視化される「放射線被ばくによる健康影響」)に基づくものです。

このIARCの報告書は環境省の資金援助を受けて書かれたもので、IARCのTechnical Report 第46号とされています。このシリーズの第1号は1988年に発刊されましたが、1986年のチェルノブイリ原発事故関連の提言や、様々ながんのスクリーニングへの提言もなく、書かれた経緯が不自然です2

上記のIARCの提言は、ICRP(国際放射線防護委員会)が2020年に改訂した「ICRP Publication 146 大規模原子力事故における人と環境の放射線防護3」に取り入れられました(図表3の10行目)。また、この報告書は
  「福島県『県民健康調査』に関する提言は一切含まれていない
   ことを強調しておきたい(2.3節)」
としていますが、UNSCEAR(国連科学委員会)の2020/21福島報告書では、福島県での甲状腺がんの多発が過剰診断によるものである論拠としてこのICRP報告書が引用されています。さらに、これらの提言に基づいて、福島での甲状腺検査中止を求める論調もあります4
 
 もう一つの例は、核の平和利用推進機関であるIAEA(国際原子力機関)です。図表3の2行目にあるようにIAEAは、事故直後の2011年から汚染水の処理や汚染土の処理について提言してきました。汚染水に関しては、2000年に制定していた「放射性物質の環境への放出の規制管理5」を2018年に改訂しました(図表3の7行目)。2021年4月に日本政府が福島第一原発からのALPS(多核種除去設備)処理汚染水の海洋放出を決定した後、日本政府の依頼によって、IAEAは2023年に「海洋放出やそのための活動は国際的な安全基準に整合的(consistent)である」とする報告書6をまとめました(図表3、下から3行目)。
 ただし、IAEAは、海洋放出決定を前提に、日本政府や東京電力が提出した資料に基づいて、決定プロセスが形式に沿っているかを確認したものです。「ALPS処理水放出は日本政府の決定であり、このレポートはそれを推奨、推薦するものではない」(汚染水報告書2023, p.iii)と述べています。しかし、日本では、海洋放出が「IAEAのお墨付きを得た」と報道されています7

 汚染土に関しても同様に早くから提言を行っていましたが、ここで注目すべきなのは、IAEAがICRPに先だって放射性物質として管理の必要がないクリアランス値(100Bq/kg)よりも高い、「スクリーニング値」を提案したことです(図表3の下から4行め)。2023年、IAEAは、2004年の「RS-G-1.7 規制除外、規制免除およびクリアランスの概念の適用」8を「GSG-17規制免除概念の適用9」「GSG-18クリアランス概念の適用」の二つに分割し、改訂しました。RS-G-1.7では、規制除外やクリアランスは、計画被ばく状況にのみ適用されるとしていましたが、新しい指針では、これらを現存被ばく状況にも適用可能としました。そして、そのためのツールとして、参照レベルよりも低く、クリアランスレベルよりも高い「スクリーニング値もしくはスクリーニングレベル」の利用を提案したのです。このように、この安全指針自体が、福島で行われている放射性物質の扱いを反映させたものであり、それによって日本政府の方針の妥当性を担保するという自己撞着的な作業が行われています10

 さきに図表2で示したように、IAEAには日本政府からの拠出金、出向がある他、企業からも出向しています。さらに、IAEAで基準などを決定する委員の選任、基準など策定時のドラフトに対しても、各国政府はコメントできる仕組みとなっています。このようにさまざまな段階で日本政府、原発関連企業などが影響を与えています。

表:福島原発事故後、本来の防護策より緩和された基準等と勧告・報告書などを、関係機関と時系列でリストアップしてある
図表3 福島原発事故後、緩和された基準等と勧告・報告書など  参照資料11

  1. IARC原子力事故後の甲状腺モニタリングに関する専門家グループ (2018)「原子力事故後の甲状腺モニタリングに関する提言」 https://www.env.go.jp/content/900406513.pdf ↩︎
  2. このシリーズは下記から一覧できます。
     https://www.env.go.jp/content/900406513.pdf ↩︎
  3. 「ICRP刊行物146 大規模原子力事故における人と環境の放射線防護 ― ICRP Publication 109 と 111 の改訂」 日本語訳 https://www.icrp.org/docs/P146_Japanese_Final.pdf ↩︎
  4. 例えば元福島県民健康調査検討委員である祖父江友孝氏は、「福島では100mGy を超えないので「提言2」の状況に相当しないのではないか」と発言しています。 https://fhms.jp/uploads/20210728_2021report_jp.pdf
    若年型甲状腺癌研究会はこの提言を根拠に福島での甲状腺検査への要望書をまとめています。 https://jcjtc.org/wp/wp-content/uploads/福島県への要望書.pdf ↩︎
  5. IAEA (2000), WS-G-2.3 Regulatory Control of Radioactive Discharges to the Environment. https://www-pub.iaea.org/MTCD/Publications/PDF/P1088_scr.pdf ↩︎
  6. IAEA (2023c), IAEA Comprehensive Report on the Safety Review of the ALPS-Treated Water at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Station. https://www.iaea.org/sites/default/files/iaea_comprehensive_alps_report.pdf ↩︎
  7. ALPS関連の記述は下記を参照した。
    原子力市民委員会「見解: IAEA包括報告書はALPS処理汚染水の海洋放出の「科学的根拠」とはならない」 https://www.ccnejapan.com/wp-content/uploads/2023/07/20230718_CCNE_kenkai_final_0719.pdf ↩︎
  8. IAEA(2004)「RS-G-1.7 規制除外、規制免除およびクリアランスの概念の適用」日本語訳 https://www.nsra.or.jp/rwdsrc/iaea/NSRA_RS-G-1_7.pdf ↩︎
  9. 「規制免除」とは、「ある条件を満たす放射線源をあらかじめ規制の対象から除いておくこと」(荻野 2019)である。 ↩︎
  10. 濱岡豊「IAEA汚染土減容・再利用専門家会合最終報告書の問題点」 https://www.ccnejapan.com/download/20250115_radioactive_soil.pdf ↩︎
  11. IAEA (2011a), IAEA International Fact Finding Expert Mission of the Fukushima Dai-Ichi NPP Accident Following the Great East Japan Earthquake and Tsunami. http://www-pub.iaea.org/MTCD/Meetings/PDFplus/2011/cn200/documentation/cn200_Final-Fukushima-Mission_Report.pdf
    IAEA (2011b), Summary Report of the Preliminary Findings of the IAEA Mission on Remediation of Large Contaminated Areas Off-Site the Fukushima Dai-Ichi NPP. https://www.iaea.org/sites/default/files/preliminaryfindings2011.pdf
    内閣府・低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ (2011), 低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ報告書. http://www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/info/twg/111222a.pdf
    原子力規制委員会 (2013), 帰還に向けた安全・安心対策に関する基本的考え方. https://www.nsr.go.jp/data/000069185.pdf
    原子力規制委員会 (2014), 緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(Speedi)の運用について. https://www.nra.go.jp/data/000027740.pdf
    IARC原子力事故後の甲状腺モニタリングに関する専門家グループ (2018)「原子力事故後の甲状腺モニタリングに関する提言」 https://www.env.go.jp/content/900406513.pdf
    IAEA (2018), GSG-9 Regulatory Control of Radioactive Discharges to the Environment. https://www-pub.iaea.org/MTCD/Publications/PDF/PUB1818_web.pdf
    放射線審議会(2019), 東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓を踏まえた緊急時被ばく状況及び現存被ばく状況における放射線障害防止に係る技術的基準の策定の考え方について https://www.nra.go.jp/data/000260040.pdf 
    ICRP (2020), ICRP Publication 146 大規模原子力事故における人と環境の放射線防護 ― ICRP Publication 109 と 111 の改訂. https://www.icrp.org/docs/P146_Japanese_Final.pdf
    放射線審議会(2022), 放射線防護の基本的考え方の整理-放射線審議会における対応 (令和4年2月改訂). https://www.nra.go.jp/data/000383357.pdf
    IAEA(2023a), GSG-17規制免除概念の適用 https://www-pub.iaea.org/MTCD/Publications/PDF/PUB2060_web.pdf
    IAEA(2023b), GSG-18クリアランス概念の適用(英語版) https://www-pub.iaea.org/MTCD/Publications/PDF/PUB2058_web.pdf
    IAEA (2023c), IAEA Comprehensive Report on the Safety Review of the ALPS-Treated Water at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Station. https://www.iaea.org/sites/default/files/iaea_comprehensive_alps_report.pdf
    IAEA (2024), 国際原子力機関(IAEA)から環境省への『福島第一原子力発電所事故後の除染活動で発生した除去土壌の減容・再生利用』に関する支援専門家会合最終報告書(仮訳) https://kankyosaisei.env.go.jp/next/international/pdf/final-report_jp.pdf
    原子力規制委員会(2025), 原子力災害時の屋内退避の運用に関する検討チーム報告書 https://www.da.nra.go.jp/view/NRA100009904?contents=NRA100009904-001-001#pdf=NRA100009904-001-001 ↩︎
『見ればわかる 知れば変わる—福島原発事故15年の現在地』の表紙の画像に、このブログでの補足説明のされる「利用される福島原発事故 ー国際機関・政府・原発産業ー」のタイトル文字

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この記事を書いた人

慶應義塾大学教授、CCNE福島原発事故部会。学術博士。大学院修士課程では原子力工学を学ぶが、その後、データ分析を重視するマーケティング・サイエンス分野に転向、大学ではマーケティング・リサーチなどを教える。福島原発事故後は、放射線影響に関するデータの再分析なども行っている。著書に『講演録:福島第一原発事故と市民の健康 ――放射線疫学を読み解くためのデータ分析入門』(原子力市民委員会、2021年)などがある。

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