原子力市民委員会 座長声明「高浜原発3・4号機運転差止仮処分決定の意義」を発表しました

原子力市民委員会 座長声明
2015年4月21日

高浜原発3・4号機運転差止仮処分決定の意義

原子力市民委員会    
座長  吉岡 斉

 福井地裁は2015年4月14日、関西電力高浜原子力発電所3号機及び4号機の原子炉について、運転の差し止めを命じる仮処分決定を下した。
 今回の仮処分命令申立事件の主要争点は、原発の安全度をどこまで高めるべきかというものであり、2013年7月に施行された新規制基準の有効性・信頼性であった。原発に絶対安全はあり得ないとはいえ、新規制基準は、福島原発事故への反省の上に定められ、このような事故を二度と起こさないための最低限度の安全度を規制基準として定め、それにもとづき許可と不許可の線引きを行うためのものであるはずである。一方で、安全と危険の境界線を引くことは、次に述べるような、世界の原発の運転実績の乏しさにより、安全度そのものの不確実性の幅がきわめて大きく、しかも原発事故の影響を受ける人々の価値観に深く関わる問題でもあるので、きわめて困難である。方程式を解いて最適解を求めるような手法は全く通用しない。
 世界の原子力発電の運転年数の積算実績値をみると、2013年末でおよそ16,000炉年だが、その間に、スリーマイル、チェルノブイリ、福島第一原発の3回の事故で、5つの原子炉が炉心溶融を起こしている。これは3,200炉年に1回の事故確率に相当する。現在、世界中でおよそ430基の原発が運転されていることを考えると、7年後には、またもや、世界のどこかで福島事故と同レベルの大事故が起こってもおかしくないという驚くべき高頻度と言わねばならない。
 そうした状況下で仮処分の申し立て人である住民側(原告に相当)は、新規制基準は不十分だと主張し、より高いレベルの安全性を要求した。それに対して被告に相当する関西電力は、新規制基準をクリアすれば十分だとして争った。今回の福井地裁決定は、申し立て人側の考え方に軍配を上げた。
 この決定の核心部分は「第4 当裁判所の判断」の「4 本件原発の現在の安全性(被保全債権の存在)」(44~46ページ)にある。「新規制基準に求められるべき合理性とは、原発の設備が基準に適合すれば深刻な災害を引き起こすおそれが万が一にもないといえるような厳格な内容を備えていることであると解すべきことになる。しかるに、新規制基準は緩やかにすぎ、これに適合しても本件原発の安全性は確保されていない。」と決定は明快に指摘している(45ページ)。
 そして、(1)基準地震動の策定基準を見直し、基準地震動を大幅に引き上げ、それに応じた根本的な耐震工事を実施する、(2)外部電源と主給水の双方について基準地震動に耐えられるように耐震性をSクラスにする、(3)使用済み核燃料を堅固な施設で囲い込む、(4)使用済み核燃料プールの冷却設備の耐震性をSクラスに揃える、(5)耐震性及び放射性物質に対する防御機能が高い免震重要棟を設置する、などの問題に原子力規制委員会が適切に対処することが不可欠と指摘している。
 このように今回の仮処分決定は、原発に厳密なゼロリスクを要求しているわけではなく、具体的・建設的に規制基準の抜本的強化を求めている。もちろん当事者は原子力規制委員会ではなく電力会社なので、もし関西電力が新規制基準よりも格段に厳しい自主基準を設定してこれをクリアし、地震対策以外についても万全の対応をしていたならば、この仮処分決定は運転差し止めを認めなかった可能性もある。
 原子力規制委員会が定めた新規制基準は、事故対策組織を形式的に整え、ハードウエアの整備を可搬式設備の追加など、支払可能なコストの範囲で行えば、全ての既設原発が合格できるよう巧妙に仕組まれたものである。そこには原子力発電事業を経営的に損なわない範囲においてのみ安全度を高めるという考え方が大前提としてある。そのために必要なのは、他の産業施設・一般施設と本質的に同レベルの安全性の考え方を、原発に対しても堅持することである。
 原発だけ特別扱いされては迷惑だというのが原子力関係者の常識である。それゆえに原発事故の被害規模は異次元なので原発を特別扱いすべきだという議論に対して、原子力関係者はゼロリスク論というレッテルを貼って激しく排斥することになる。
 たとえば建築物の耐震基準は、倒壊した場合の被害が大きい建築物ほど厳しくなるが、それでも特別に大きな地震動に対する安全性までも要求していない。「深刻な事故はめったに起きないだろうという見通しのもとに」(44ページ)耐震基準を定め、それを超えた場合に建築物が倒壊するのは仕方がないと割り切っている。原発における基準地震動も、あくまで許可と不許可の線引きの目安となる地震動を指しており、「当該原発に到来することが想定できる最大の地震動」(28ページ)までは考慮していない。それが原子力規制委員会の姿勢であり、それゆえに福井地裁決定は、これを強く退けたのである。
 この決定は、伊方原発訴訟の最高裁判決(1992年10月29日)の枠組みのもとに位置づけられると考えられる。その点で、他の原発訴訟に大きな影響を及ぼす可能性がある。福井地裁は、決定の中で伊方最高裁判決について、「その趣旨は、〔中略〕当該原子炉施設の従業員や周辺住民の生命、身体に重大な危害を及ぼす等の深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ、このような災害が万が一にも起こらないようにするため、原子炉施設の位置、構造及び設備の安全性につき、十分な審査を行わせることにあるとしている」と述べ、原子力施設の安全審査における判断枠組みを示している。
 福井地裁決定はこの「万が一にも起こらない」という表現の意味内容を、福島原発事故を踏まえて具体的に定めようとしており、その観点から原子力規制委員会の新規制基準が決定的に不十分だと断じている。こうした観点は福島原発事故後の幾つかの判決・決定に共通するものである。福井地裁の大飯3・4号機運転差し止め判決(2014年5月21日)や、大津地裁の高浜3・4号機および大飯3・4号機運転差し止め仮処分に関する決定(2014年11月27日)である。後者は住民側の仮処分請求を退けたが、万一の事態に備えなければならない原発事故を防止するための地震動の評価・策定にあたっての原子力規制委員会の取り組みが不十分だと厳しく指摘している。

 今回のような福井地裁決定に至った背景にはもちろん、福島原発事故の発生を許してしまった安全規制行政の失敗がある。福島事故以前の裁判所は原発に関する民事訴訟・行政訴訟においてほとんどの場合、行政当局の主張を丸ごと信用して原告住民側の要求を退けてきた。しかし福島原発事故により行政当局の安全規制が失敗し、現実に国民に重大な損失がもたらされることが認識された。そして裁判所が行政当局の判断を尊重した場合、裁判所自らも、被害者に対する責任を問われうることが明らかになった。たとえ刑事責任は問われずとも、過酷事故に至る因果的連鎖の一環をなす行為を行った者に責任がないとは言えない。こうした状況下で裁判所は、行政当局の判断とは独立して、原発の安全性について熟慮した上で判断する必要が生じている。
 福井地裁は、昨年5月21日の大飯原発運転差し止め訴訟の判決においても、次のように述べ、裁判所としての明確な姿勢を示した。すなわち「原子力発電技術の危険性の本質及びそのもたらす被害の大きさは、福島原発事故を通じて十分に明らかになったといえる。本件訴訟においては、本件原発において、かような事態を招く具体的危険性が万が一でもあるのかが判断の対象とされるべきであり、福島原発事故の後において、この判断を避けることは裁判所に課された最も重要な責務を放棄するに等しいものと考えられる」。今回の福井地裁決定は、昨年5月の大飯原発運転差し止め判決に続き、裁判官がとるべき基本的な姿勢を示すものとして、参照すべき重要な模範となるだろう。
 原子力市民委員会は『脱原子力政策大綱』(2014年4月12日)や、その後の「見解:川内原発再稼働を無期凍結すべきである」(2014年7月9日)、「川内原発審査書案に対する総合的意見」(8月4日)、「声明:原子力規制委員会の存在意義が問われている」(9月30日)、「声明:原子力規制委員会が審査書を決定しても原発の安全性は保証されない」(9月30日)、「見解:高浜原発3・4号機の再稼働は容認できない」(2015年2月1日)の中で一貫して、原子力規制委員会の新規制基準が、原子力発電所の安全確保の観点からみて、さまざまの側面において不十分であることを力説してきた。
 福井地裁の仮処分決定は、地震対策という側面に絞って、私たちと同様の認識に立った判断を下したものである。それゆえこの決定を原子力市民委員会は高く評価する。また行政に対して三権分立を担う責任を果たすべく勇気と見識にあふれた決定を下した裁判官の方々に深い敬意を表するものである。
 原子力市民委員会は、原子力規制委員会の新規制基準が不十分であるのみならず、過酷事故発生の場合の防災計画もまた実効性が低いと考えており、その観点からも高浜原発再稼働は容認できないと考える。また高浜原発以外の日本のあらゆる原発にも、同様の問題がつきまとっていると考えるものであり、新規制基準に基づく原発再稼働は容認できない。今求められているのは、原発再稼働のための今までの行政的手続きをいったん白紙に戻し、改めて規制基準と防災計画の在り方について、国民世論を尊重して抜本的な見直しを行うことである。その実現のために原子力市民委員会は尽力していきたい。

以上

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